2010年07月30日

薬師寺保栄

薬師寺保栄(松田ジム)
WBC世界バンタム級チャンピオン
ニックネーム:
生年月日:昭和43・7・22
大分県津久見市出身
戦績:24勝16KO3敗1分


薬師寺保栄といえば、人気者の辰吉丈一郎との激闘がまず思い浮かべられると思う。イベント
日本ボクシング史上でも屈指のビッグマッチとなったこの試合を勝ち抜いた男として、薬師寺の名はビッグネームとしてファンに認知されている。
派手な入場シーンなど、個性的なキャラクターが売り物ながら、ボクシングスタイルは、長身を生かしたストレート系のパンチを主武器とする玄人好みの正統派のボクサータイプ。
イメージとは裏腹に、コツコツと自分のスタイルを確立して世界王者に上りつめた苦労人である。ペン

薬師寺は、享栄高時代にボクシングを始める。
元々運動神経は良く、インターハイではフライ級でベスト8に入るなど、なかなかの好成績を収める。
ただし、部活以外の課外活動にも熱中したらしく、地元の暴走族に入り、特攻隊長として鳴らしていたとのこと。ドコモ提供
そんなこんなで腕っ節には自信のあった薬師寺は、高校卒業後に名古屋の松田ジムの門を叩き、昭和62年7月にプロデビュー。
自信満々でプロの道を歩みだすも、デビュー3戦目と4戦目に連敗で、早々に挫折を味わう。
打っては下がる消極的ボクシングを酷評されもしたが、徐々に生来の格闘センスを発揮。
体が出来てくるとともにシャープなストレートに威力が加わり、ホープとして関係者の期待も急上昇。
しかし、そんな矢先の平成元年、かつての暴走族仲間との暴走行為によって逮捕される失態を犯し、日本ボクシングコミッションから6ヶ月のサスペンドを課されてしまう。
お灸をすえられた薬師寺だが、その間、東南アジア遠征を敢行し、現地で試合ができたことは本人にとって貴重な経験となった。飛行機
心身ともに逞しくなって日本のリングに帰ってきた薬師寺。
しかし、平成2年6月の復帰戦で、悲劇を経験。
試合は10回KO勝利と文句なしのパフォーマンスを見せたものの、対戦相手の米坂淳の意識が試合後に戻らなくなり、なんと数日後に亡くなってしまう。
大きなショックを受けた薬師寺は、引退に心が傾いていたとのこと。
しばらく自分を見つめなおしていたが、米坂選手の夢を自分が引き継ぐことを決意。
生活態度も改め、ボクシングに一心不乱に打ち込んでいく。
平成3年6月、日本バンタム級タイトルマッチのチャンスをつかんだ薬師寺は、タフな実力派王者としてならす尾崎恵一を相手に9回TKOの快勝。グッド(上向き矢印)
この試合が出世試合となり、世界を狙えるホープとして一般にも認知されるようになる。
また、この頃に薬師寺にとって大きな出会いもあった。
アメリカのロサンゼルスで武者修行を敢行した際、日系人トレーナーのマック・クリハラ氏の指導を受け、これが薬師寺の上達に大きな効果を与えることになる。
クリハラ氏は、当時それほど知名度が高いわけではなかったが、ポール・バンキを世界王者に押し上げた名伯楽として知る人ぞ知る存在であった。
彼の課すトレーニングは過酷なものだったそうだが、それらは全て合理的かつ科学的なもので、薬師寺はみるみる上達する自分に喜びを感じ、同氏に対する信頼を深めていく。
日本王座を防衛せずに返上し、ノンタイトル戦を重ねてじっくり実力を蓄えた薬師寺に、平成5年12月、ついに世界戦の好機は訪れる。
相手はWBC世界バンタム級王者の辺丁一(韓)。
両者ともボクサー・タイプで、ソウル五輪銀メダリストからプロの世界王者になった技巧派王者を相手に予想は当然不利とされた。
しかし、ゴングが鳴ると、薬師寺は積極的に打って出てアウトボクサーの辺を追い回す展開で活路を開く。
力強いパンチで有効打を狙う薬師寺と、回転が良く細かい手数で対抗する辺の一進一退の試合は、ついに12回終了のゴングにより判定勝負となる。
判定結果は、2−1のスプリットで薬師寺の勝利。位置情報
管理人もガッツポーズした記憶がある。
王者となって自信を増した薬師寺は、初防衛戦でホセフィーノ・スアレス(メキシコ)に10回KO勝利。
平成6年7月の2度目の防衛戦では、前王者の辺をパワーで圧倒し、11回KO勝利の完全決着で内外に王者の証明のアピールとなる。パンチ
しかし薬師寺には、真の王者であることを証明するために何としても倒さなければならない相手がいた。
それが辰吉丈一郎であった。
薬師寺が王座を獲得する前に暫定王座を獲得していた辰吉は、景気の良いビッグマウスが大勢のファンに支持される人気者で、マスコミにも正規王者の薬師寺が仮の王者であるかのような扱われ方をされていたように記憶している。
そんな人気者の辰吉陣営との対戦交渉で主導権を握るのは困難だったことから、すったもんだの末に入札となり、結果は薬師寺陣営が高額で落札。
落札するために薬師寺側が払った金銭的負担は重く、辰吉のファイトマネーをまかなうために薬師寺のファイトマネーが大幅に削られるという舞台裏があったとのこと。
それでも、地元名古屋開催を引き寄せてくれたジムに対する感謝の気持ちを秘め、薬師寺は周囲の雑音をシャットアウトしてマック・トレーナーとの猛練習に明け暮れる。
そして平成6年12月、運命の開始ゴングが鳴った。
序盤、快調に飛ばしたのは薬師寺。
得意の長い左ジャブとワンツーが辰吉の顔面をとらえ、辰吉の目の上は大きく腫れ上がる。
薬師寺がこのまま圧倒するかと思われたが、終盤に辰吉が鬼神の猛反撃。
応戦した薬師寺だが、徐々に押されて下がる場面が目立つようになる。
辰吉の盛り返しで興奮のるつぼと化した歴史的一戦は、両者疲労困憊で終了ゴングを聞くこととなった。
結果は2−0で薬師寺の勝利。ひらめき
管理人の採点では中差で薬師寺の勝利だったように記憶している。
ビッグマッチを制した薬師寺には長期政権が期待されたが、平成7年7月に行われた5度目の防衛戦で不覚を取る。
バルセロナ五輪銀メダリストで指名挑戦者のウェイン・マッカラー(アイルランド)の手数に対し、単発の有効打で対抗したものの、判定は2−1でマッカラーを支持。
虎の子のタイトルを微妙な判定で落としたものの、王座再復帰も可能と思われる接戦であったことから、再戦を望む声も多く、カムバックが規定路線と思われていたのだが、4ヵ月後に引退を表明。
惜しまれつつリングを去ることとなった。

引退後は、周知のとおり芸能界で大活躍。TV
頭の回転の速さを生かして様々な番組で才能を発揮している。
平成19年には、薬師寺ボクシングジム&フィットネスを名古屋市に開設。
練習生と一緒に明るく楽しく汗を流しているとのことだ。
明朗活発な薬師寺氏には、ボクシング界をますます明るく照らしていただきたいと思う。ぴかぴか(新しい)

posted by ティト at 23:27| 岩手 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 日本人ボクサー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月30日

見逃した

本日体調が悪く寝込んでいたため、長谷川選手と西岡選手のダブルタイトルマッチを見逃し、ビデオ録画まで忘れてしまいました。バッド(下向き矢印)

どこかで映像を見られないものですかねえ。あせあせ(飛び散る汗)
posted by ティト at 23:44| 岩手 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 試合結果等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月30日

3月27日 WBC世界フライ級王座統一戦

3月27日

WBC世界フライ級王座統一戦
ポンサクレック・ウォンジョンカム(タイ) 12回判定(2−0) 亀田興毅


ちょっとタイミング遅れの更新です。

管理人の採点は、115−114でポンサクレック選手の勝利。
全体的には甲乙つけがたい内容でしたが、前々からの懸念であった興毅選手の手数の少なさが如実に表れてしまいましたね。
いつもどおりにガードを固めつつ、カウンターで迎え撃つ作戦だったようですが、回転の速い連打で積極的に攻め込むポンサクレック選手に打ち負けてしまった感じです。
やはりガード主体の防ぎょで世界戦を勝ち続けるのは難しいのかなあと思った管理人でした。
ガードしている時間は守勢に回っている時間ですし、手数の多い選手との対戦ではどうしても守勢に回る時間が多くなってしまいます。
単発のカウンターで相手が止まらない場合、採点で不利になるのは致し方ないところでしょう。
一流世界王者を目指すのであれば、進化し続けなければなりません。
自分のスタイルに固執するのも個性なのでしょうが、興毅選手は進化できる選手です。
この悔しい敗戦をバネに、今後どのように進化していくのか注視したいと思います。

ポンサクレック選手は、持てる力を十分に発揮しましたね。
この選手の最大の長所は、いつかスタミナが切れるだろうと思われながら、最初から最後まで力のある連打が出続けるところです。
脇を絞ったコンパクトで回転の速い連打は、ファンから見れば爽快でしょうね。
体重移動がスムーズですので、パンチにはしっかりウエートが乗っています。
ポンサクレック選手を攻略するには、かつて内藤大助選手がそうしたように、決して打ち負けないことが必須条件でしょう。
コンビネーションで攻めて来るポンサクレック選手には、カウンターを打ち込む隙は少ないです。
内藤選手の場合は、先に手を出してポンサクレック選手の出鼻を徹底的に叩き続けました。
今回の興毅選手は、カウンターを打ち込む隙を探しているうちに、ポンサクレック選手に出鼻を叩かれてしまいました。
まずは今回のポンサクレック選手は見事だったと言うほかないでしょうね。

興毅選手、内藤選手、ポンサクレック選手の三つ巴の因縁は、まだまだ続きそうな予感がします。

posted by ティト at 03:01| 岩手 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 観戦記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月07日

2月7日 WBA世界フライ級タイトルマッチ

2月7日

WBA世界フライ級タイトルマッチ
亀田大毅 12回判定(3−0) デンカオセーン・カオウィチット(タイ)


日本初の兄弟王者誕生手(チョキ)グッド(上向き矢印)位置情報


試合後の大毅選手の涙を見て管理人も思わずもらい泣きしてしまいました。
管理人の採点は、117−109で大毅選手の勝利。ペン
今日はジャブがよく出ていたのが今までとの大きな違いですね。
何もアクションを起こさない時間帯がなくなり、微差のラウンドを取れるようなスタイルに変貌しつつあるようです。
打ち合いでも打ち負けませんでしたし、危ない場面はありませんでした。
何より、デンカオセーン選手をよく研究したことがうかがえました。
相手のクリンチにどう対応するのか注目していましたが、今日はとにかく揉みあいには付き合わない姿勢が貫徹されていました。
以前ですとクリンチされると無理に押し返そうとして時間と労力だけが浪費されていましたが、今日は逆にクリンチされると脱力して揉み合いには付き合わない意思をアピールしていた感じです。
こういう対策もあるもんだなあと感心しました。
揉みあいに付き合わない意思が鮮明に現れていましたので、デンカオセーン選手のクリンチやホールドだけが目立ち、レフェリーから2点の減点まで引き出しました。
ちょっとアピールし過ぎの感もありましたが、世界戦ではこれくらいしたたかに臨まなければなりません。
手数が少なく、余力を残して試合を終えてしまう課題は残っていますが、まだまだ強くなるスケール感は十分。右斜め上
念願の王者となって自信を大きく増したであろう大毅選手の今後に大注目ですね。ダッシュ(走り出すさま)

デンカオセーン選手は、今日はいいところなしで敗れ去りました。
坂田健史選手を倒した時のようなパワーは感じませんでしたし、大毅選手に対するアドバンテージポイントと思われた手数も少なかったです。
前回同様のクリンチとホールドで相手の勢いを削ぐ戦法だけではちょっと厳しかったですね。
ホールドで2度減点されたショックはありありで、それを盛り返す精神力にも欠けていた感じです。

大毅選手の次戦の相手は坂田健史選手とのこと。
ファイター同士のぶつかり合いで好試合必至ですね。パンチ

posted by ティト at 22:34| 岩手 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 観戦記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月29日

11月29日 WBC世界フライ級タイトルマッチ

11月29日

WBC世界フライ級タイトルマッチ
亀田興毅 12回判定(3−0) 内藤大助


外出先から急いで帰ってきて何とか生中継に間に合った管理人です。
やはりこのビッグマッチは生で見てこそ価値がありますからね。ぴかぴか(新しい)

試合は判定決着となりましたが、管理人の採点は117−111で興毅選手の勝利。

興毅選手は、対ランダエタ第2戦時に見せたようなクレバーな戦い方で老獪な内藤選手に対抗しました。
国民大注目のビッグマッチということで、相打ち上等のラフなインファイトを仕掛けることも予想されましたが、今回は終始冷静でクリーンなアウトボクシングが光っていました。
自己制御が徹底していましたね。
内藤選手がくっつこうとする瞬間に必ず左ショートカウンターを狙っていたので、打ちながらクリンチしてポイントを稼ぐ内藤選手得意のラフファイトは完全に封じられました。
やや手数が少なかったことだけが課題となりましたが、有効打の差は歴然だったと思います。
打たれずに打つ距離感をつかむセンスに感心。
この選手はまだまだ強くなりますね。グッド(上向き矢印)

内藤選手、いつもながらの全力ファイトで若い興毅選手に最後まで肉薄しました。
余力を残さずに試合を終えるゲームメイク感覚はさすがでしたね。
内藤選手の必勝パターンは、序盤にポイントをリードし、焦って出てくる相手を余裕を持って迎え撃つ展開。
今回は序盤で興毅選手の左ショートをまともに受けてしまい、ポイントを取れずに逆に自分から前に出なければならない展開になってしまいました。
清水智信選手との防衛戦で露呈した自分から追う場面での策の無さを今回も突かれてしまった感じです。
12ラウンドを戦ってスタミナを使い切ったと思いますが、手ごたえのあるパンチを当てることができず、内藤選手としては当然ながら不完全燃焼の試合だったことでしょう。
年齢的なこともあり、引退か現役続行かといやがおうにもクローズアップされるかと思いますが、まずはじっくり体を休めてから考えてください。

posted by ティト at 23:18| 岩手 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 観戦記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月13日

10月10日 ダブル世界タイトルマッチ

所用で留守にしていたため、だいぶタイミング遅れのビデオ観戦となりました。あせあせ(飛び散る汗)


10月10日

WBC世界S・フェザー級タイトルマッチ
ファン・カルロス・サルガド(メキシコ) 1回TKO ホルヘ・リナレス

リナレス選手、まさかの陥落です。
初回73秒で沈むとは・・・。
試合開始早々、フットワークがちょっと重いかなあと思っていたところ、サルガド選手の左フックがまともにテンプルに入ってダウン。
それほど強烈な1発だとは思わなかったので、足を使ってこの回を凌げば大丈夫だと思いましたが、完全に効いていたようで、棒立ちのままなすすべなく連打を追撃されて試合終了となりました。
うーむ、この試合はどう論評してよいのかわからない管理人です。


新王者のサルガド選手について、特長をつかむには至りませんでしたが、パンチにはしっかりウエートが乗っており、フォロースルーを効かせて打ち抜いてくる感じですね。
詰めも非常に鋭かったです。
次戦でじっくり観察してみたいと思います。



WBC世界S・バンタム級タイトルマッチ
西岡利晃 3回終了TKO イバン・エルナンデス(メキシコ)

西岡選手のどっしり落ち着いた試合運びが光りました。
距離感抜群でしたし、危な気はなかったと思います。
3回の左カウンターは、テレビからもバチーンという音が聞こえてくるほどの強烈な1発でしたが、アゴの骨が折れていたんですね。ふらふら
敵地で強豪ジョニー・ゴンザレスを倒した西岡選手の左には、絶対的な自信が漲っている感じです。グッド(上向き矢印)
国際的な評価もうなぎ上りでしょうし、今後のビッグマッチが期待されますね。るんるん

エルナンデス選手は、鋭く伸びる多彩な左を駆使して西岡選手に対抗。
ボディバランスが良く、さすが元王者と思わせるテクニックを見せました。
3回に西岡選手の左カウンターをもらった後、明らかに弱気に下がり始めたので効いているのだと思いましたが、アゴの激痛に耐えて戦っていたわけで、精神力でこの回を凌いだのでしょう。
怪我をしっかり治してからの再浮上も十分考えられる実力者だと感じました。

posted by ティト at 23:53| 岩手 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 観戦記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月06日

10月6日 WBA世界フライ級タイトルマッチ

10月6日

WBA世界フライ級タイトルマッチ
デンカオセーン・カオウィチット(タイ) 12回判定(2−0) 亀田大毅


管理人の採点は、115−113で大毅選手の勝利。
先に手を出してガードの上からでも派手なパンチをまとめたデンカオセーン選手と、捨てパンチを打たずに確実にカウンターを当てた大毅選手。
毎ラウンド首をひねりながらポイントをつけなければならない拮抗した試合でしたが、オフィシャルの採点は僅差でデンカオセーン選手を支持。

大毅選手、本当に惜しかった。
試合を終え、よりダメージを負ってスタミナも切れていたのはデンカオセーン選手だったと思いますが、今までの試合で何度も言っているとおり、ボクシングはそれで勝敗の決まるスポーツではありません。
12ラウンドを終え、どんなに不格好であろうと1ポイントでも相手を上回っている者が勝者となるのがボクシング。
大毅選手にはそういう意識というか執念が欠けていましたね。
打ったらすぐにクリンチやホールドを繰り返すデンカオセーン選手の老獪なボクシングに対し、何もアクションを起こさない無為な時間を多く費やしてしまった感じです。
カウンター気味にクリーンヒットは当てていましたが、ポイントを明確に取るためにはあまりにも手数が少なすぎました。
世界王者になるための戦力を十分に持っていることは証明できたと思いますので、近いうちに3度目のチャンスは訪れることでしょう。

デンカオセーン選手は、崩れそうで崩れませんでしたね。
あまり器用な選手というイメージはなかったのですが、今日の試合運びは、WBC王者の内藤大助選手を連想させるような老獪さを見せました。
スタミナが切れた終盤は、先に手を出した後にクリンチやホールドで相手の手数を封じるいやらしいボクシングに徹していました。
王者となってボクシングの幅は広がっているようです。
強打で相手を追い詰めるスタイルだけではなく、内藤選手のように苦しい試合を凌ぐしたたかさが身についてきました。
今後も日本人選手の壁となって立ちふさがりそうですね。

posted by ティト at 23:15| 岩手 ☁| Comment(5) | TrackBack(0) | 観戦記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月11日

高橋ナオト

高橋ナオト(アベジム)
ニックネーム:逆転の貴公子
東京都調布市出身
日本バンタム級、J・フェザー級チャンピオン
生年月日:昭和42.11.17
戦績:19勝14KO4敗


ボクサーは、世界チャンピオンにならなければスターにはなれないといわれる。
しかし、昭和末期から平成初期にかけ、世界王者でない1人のボクサーが、世界王者以上にファンを熱狂させていた。演劇
それが今回紹介する高橋ナオト。
スマートな風貌からは想像できない火の玉ファイトで伝説的な逆転劇を生み出し、「逆転の貴公子」と称された激闘王である。爆弾

高橋は、少年時代からボクシングに熱中し、昭和60年2月、府中農在学中に17歳でプロデビュー。
高校生ボクサーとして話題を集める。
反射神経が抜群に良く、負けん気も強かった高橋は、話題だけではなく実力も本物。
メキメキと頭角を現して連勝街道まっしぐらとなる。ダッシュ(走り出すさま)
昭和61年3月、片山清一を2回KOに下して全日本バンタム級新人王を獲得。
同年9月には、島袋忠司に8回判定勝利でA級トーナメント優勝と同MVPを獲得。
誰もが認めるホープとして、一気に脚光を浴びることとなる。
A級トーナメント制覇で日本ランク1位となった高橋は、昭和62年2月、指名挑戦者として、日本バンタム級王者の今里光男へ挑戦する。
実力者の今里を相手に苦戦も予想されたが、後楽園ホールは、試合前からニュースター誕生への期待が高まっていた。
ちなみに、若くて颯爽とした風貌の高橋にはマスコミの食いつきも良く、日本タイトルながら異例のテレビ生中継(管理人の地元岩手では放映なしでしたが・・・)と期待の高さを物語っていた。TV
ゴングが鳴ると、期待通りに高橋がシャープな動きを見せる。
ハイレベルなせめぎ合いの中、高橋のカウンターのタイミングが徐々に合い出し、5回に抜群の右カウンターがついにヒットで今里がダウン。
立ち上がった今里だが、鋭く詰めた高橋がそのままフィニッシュ。
あまりにも鮮やかな戴冠劇でデビュー以来の連勝は11に伸びる。
この試合は、この年の年間最高試合に選出された。
前途洋々の19歳の若者に、ファンは、当時低迷していたボクシング界の救世主としての役割を期待し、大きな夢を馳せたものだった。グッド(上向き矢印)
昭和62年6月、初防衛戦で前王者の今里を3回KOに下し、実力を再証明。
早期の世界戦を期待されたものの、2度目の防衛戦で思わぬつまづき。
昭和62年10月、有利の予想の中で小林智昭にまさかの10回判定負けで王座陥落。
再起を期し、昭和63年1月、かつてA級トーナメントで戦ったことのある島袋忠司と日本バンタム級王座決定戦を争うも、雪辱に燃える島袋の右ストレートが炸裂し、6回KO負け。
まだ体が成長途上で、減量に苦しんでいた高橋は、階級を上げて再出発することを決意。
減量苦が多少和らぎ、持ち味のシャープさを取り戻して進撃開始となる。
そして伝説として語り継がれるあの名勝負が生まれることとなるのである。ひらめき

平成元年1月、高橋は、ランキング1位の指名挑戦者として、日本J・フェザー級王者マーク・堀越に挑戦する。
WBA世界J・フェザー級6位のランクを持ち、世界挑戦目前と言われた強打者マークが予想ではやや有利と言われていたが、高橋も自信満々の面構えででリングへ上がる。
ゴングが鳴ると、マークが持ち前の強打をダイナミックに振り回して突進し、高橋も一歩も引かずカウンターで迎え撃つ展開。
3回にマークがラッシュを敢行すると高橋は失速。
このままマークのペースで進むかと思われたが、4回には高橋の渾身の右カウンターがまともにヒットし、マークがダウン。
さらにダウンを追加し、絶好のKOチャンスをつかんだものの、ここはマークが踏ん張ってこの回の終了ゴングが鳴る。
今度は高橋のペースになると誰もが思ったが、5回を持ちこたえられると、ダメージから回復したマークの逆襲が始まる。
パワーで打ち勝ち始めたマークに対し、高橋は徐々にスローダウン。
そして8回、堀越の丸太を振り回すような左フックがヒットし、高橋はダウン。
立ち上がったもののダメージはありありで、マークはここぞとばかりに詰めにかかる。
この回をゴングに救われた高橋だが、9回も容赦ないマークの攻勢にさらされ、もうストップかと思われた次の瞬間、高橋の起死回生の左フック、右ストレートが炸裂。
高橋の本能だけで出たようなパンチがまともに当たり、前がかりになっていたマークがストンとダウンする。
立ち上がって効いていないとファイティングポーズを取るマークだったが、これでふらふらだった高橋に力がみなぎった。右斜め上
強気に前に出てくるマークに対し、今度は完全に狙いすました必殺右カウンターが強烈にヒット。パンチ
もんどり打って倒れたマークは、それでも意地で立ち上がる。
必死にファイティングポーズを取るも、ふらつく足を確認したレフェリーはカウントアウト。
史上稀に見るシーソーゲームは、高橋に凱歌が上がった。
勝利を決めた直後、精も根も尽き果てたようにリングに倒れこんだ高橋の姿が印象的で、勝者、そして敗者をも称える後楽園ホールは興奮のるつぼと化していた。
この伝説的な試合を間近で見られたファンは、まさに伝説の生ける証人であろう。イベント
管理人も見たかった(笑)。
この試合は、世界戦を差し置き、文句なしの年間最高試合に選出される。手(チョキ)
高橋にとっては、初戴冠の今里戦以来2度目の年間最高試合となる。
世界戦以外で2度も年間最高試合の当事者となる選手は今後も出てこないだろう。

世紀の逆転劇で、「逆転の貴公子」の称号を得た人気者の高橋に、是非早期の世界戦をというファンの声はいやがおうにも高まる。るんるん
しかし、阿部会長は、こういう危ない橋を渡るような戦いを好まなかったようで、打たせずに打つボクシングを高橋に期待していたとのこと。
実力者相手に安定した勝利を得られるようになるまでは、容易に世界戦にゴーサインを出すつもりはなかったようだ。
平成元年5月、世界前哨戦とされたタイ王者のノリー・ジョッキージムとのノンタイトル戦は、マーク戦のように先にダウンを奪われた後の逆転の3回KO勝利。
マークとの激戦のダメージはやはり抜け切れていなかったのだろう。
ファンの人気はうなぎのぼりだったが、やはり阿部会長は世界戦へのゴーサインを出さず。
日本王座の防衛戦を1つクリアーした後、世界戦への最後のテストとして、会長はノリーとの再戦を高橋に課した。
平成3年2月11日、東京ドーム。
そう、あのタイソンVSダグラスの統一世界ヘビー級タイトルマッチの行われた日のセミファイナルで高橋の世界前哨戦は行われた。
5万5千人の観客が見守る中、高橋はノリーに6度のダウンを奪われ、10回大差判定の完敗。
数々の激闘は、高橋の肉体に想像以上の大きなダメージを蓄積させていた。
体調がすぐれないまま、再起を決意したものの、平成3年1月、朴鐘弼(韓)とのノンタイトル戦で9回KO負け。
試合後しばらくして、脳内出血が判明する。
本人はなおも現役に未練があったそうだが、稀代のカリスマボクサーは若くしてリングを去ることとなった。

世界王者でない日本人ボクサーで、高橋ナオトほど多くのボクシングファンに愛された者はなかなか見当たらないであろう。
“浪速のロッキー”赤井英和の人気も凄まじいものがあったが、どちらかというとアイドル系の人気者であった赤井に対し、高橋はコアなボクシングファンに熱狂的に支持された。音楽
引退後は、ボクシング漫画「はじめの一歩」の作者である森川ジョージ氏の協力を得て、JBスポーツクラブを設立。初代会長に就く。
森川氏は、「はじめの一歩」で高橋をモデルとするキャラクターを主人公のライバルとして登場させるほど、高橋のボクシングに心酔していたそうだ。
指導者としての高橋氏は、福島学を世界挑戦まで押し上げた実績が光る。
現在はフリーという話を聞いたが、是非今後もボクシング界のために尽力していただきたい人物である。ぴかぴか(新しい)

ちなみに、「はじめの一歩」に登場するキャラクターの中で、宮田一郎のモデルが高橋氏、鴨川源二会長のモデルが故阿部幸四郎会長とのこと。
「はじめの一歩」は、管理人も週間少年マガジンにて毎週愛読しています。わーい(嬉しい顔)

posted by ティト at 23:13| 岩手 ☁| Comment(9) | TrackBack(0) | 日本人ボクサー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月14日

7月14日 トリプル世界タイトルマッチ

7月14日

WBC世界バンタム級タイトルマッチ
長谷川穂積 1回KO ネストール・ロチャ(米)


何も言うことはありません。
長谷川選手、とにかく強いです。パンチグッド(上向き矢印)
今回は、警戒して出てこない相手に対し、自ら仕掛けて倒したところに価値があります。
もはや粗を探すことすらできない王者ですね。グッド(上向き矢印)



WBC世界フェザー級タイトルマッチ
エリオ・ロハス(ドミニカ) 12回判定 粟生隆寛


管理人の採点では、116−111でロハス選手の勝利。
ロハス選手、攻防兼備の好選手ですね。
ディフェンスに軸足を置きながらも、攻撃する時の踏み込みは鋭く、パンチが伸びてきました。
粟生選手はとにかく手数が出ませんでしたね。
カウンターで1発強いパンチを当ててから畳み掛けるつもりだったようですが、ロハス選手のようにボディワークが機敏で勘の良い選手に対し、ワンパンチを起点に崩すことは困難でしょう。
ポイントで先行し、相手が焦ってラフになったところをしたたかに突いてほしいと思っていましたが、ロハス選手にそれをやられてしまいましたね。
両者の能力に有為な差は感じられず、戦い方次第で逆の結果も有り得ると思いました。
進化する天才、粟生選手の巻き返しを大いに期待しています。



WBA世界ミニマム級タイトルマッチ
ローマン・ゴンザレス(ニカラグア) 12回判定 高山勝成

ダイジェストでしか見られなかったので詳しい試合内容はわかりませんが、強打のゴンザレス選手と手数の高山選手の拮抗した試合展開だったようです。
高山選手は、パンチの効果であと一歩及ばなかったようですが、いつでも世界王者を狙える実力者ぶりを発揮してくれたように思います。
まだ若いですし、世界戦のチャンスは必ずまたやってくるでしょう。

posted by ティト at 22:46| 岩手 ☔| Comment(6) | TrackBack(0) | 観戦記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月27日

5月26日 WBC世界フライ級タイトルマッチ

5月26日

WBC世界フライ級タイトルマッチ
内藤大助 12回判定(3−0) 熊朝忠(中国)


1日遅れの感想です。
管理人の採点は、113−112で内藤選手の勝利。
オフィシャルの採点よりは差が小さくなりました。
試合内容としては、内藤選手が「とにかく勝った」という一点のみに尽きるでしょう。
序盤は、内藤選手が精力的に自分から仕掛ける快調な滑り出しでしたが、4回終了の公開採点でリードを伝えられると、5回以降はバックステップを踏み続けて早くも逃げ切り体制のボクシングになってしまいました。
距離を取って油断したのか、6回には踏み込みの良い熊選手の右オーバーハンドを避け損なってダウン。
大ピンチに陥りましたが、足はしっかり動いていましたので、徹底的なバックステップとなりふり構わぬクリンチでどうにか凌ぎきりました。
必死に迫る熊選手と、ヒット&アウェイの内藤選手。
お互いスタミナを使い果たして試合終了ゴングが鳴りました。
より大きなダメージを与えたのは熊選手でしたが、ボクシングはダメージの寡多で勝敗が決まるスポーツではなく、老獪に戦った内藤選手が僅差で判定をモノにしました。
管理人は、いわゆるマラソンボクシングはあまり好きではありませんが、内藤選手のどんな形でも勝ちたいという執念にはいつもながら頭が下がります。
打たれながら前に出て、惜しくも善戦で終わってしまう日本人選手があまりにも多いので、内藤選手のような老獪な選手はむしろ新鮮に映りますね。
負けない王者として、このまま長期政権を築いてもらいたいところです。

熊選手は、体格には恵まれていませんが、踏み込みが良くてロングパンチに威力のある好ファイターですね。
防御勘も良いですし、打たれ強さも備えています。
課題としては、接近戦で意外と手が出ない感じでしたし、安易にクリンチを許してしまうところがありました。
ボディも少ないですね。
手数と上下の打ち分け、クリンチを振りほどいて打つ老獪さがあればさらに怖い選手になるでしょう。

posted by ティト at 23:17| 岩手 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 観戦記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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