2007年02月06日

ジョージ・フォアマン−モハメド・アリ

1974年10月30日

モハメド・アリ 8回KO ジョージ・フォアマン


ザ・グレーテストの復活

怪物フォアマン キンシャサに沈む


カテゴリ:名勝負の第1回目です。ひらめき


現在は当たり前のように世界中でボクシングをテレビで見ることができるが、そもそもボクシングをテレビで見るというスタイルを定着させたのはモハメド・アリではなかろうか。TV
白黒からカラーへとテレビが技術革新する時代の中で、遠く離れた場所からリアルなライブ映像を見ることができるのは一種のステータスでもあった。
アリの試合を見たくてカラーテレビを買った人間も相当いるはず。
当時の電気メーカーにとっては神様仏様アリ様といったところだったかもしれない(笑)。
テレビ局にとっても超一流選手が登場するボクシング番組は有力なコンテンツであった。

話が脱線してしまったが、世界中の人間がテレビの前で注目した名勝負として、このフォアマン−アリ戦はファンにとっては外せない1戦だろう。ぴかぴか(新しい)
ちなみにこの試合は10億もの人間がテレビ観戦したと言われている。イベント
飛ぶ鳥を落とす勢いの怪物王者フォアマンに対し、ややふっくらしてきた昔の名選手アリが果たして通用するのかが焦点の1戦。ダッシュ(走り出すさま)
「アリはとてもフォアマンには敵わない」、「結果は見えている」等、マスコミの予想は圧倒的にフォアマン優勢。
しかし、ファンの盛り上がりは結果が見えている試合とは思えないほど凄まじいものだった(笑)。
まあ無論ファンにとっては結果の見える試合などあろうはずがないのだが。exclamation×2
判官びいきというのは海外にもあるようで、予想で不利とされたアリが熱狂的に応援されたのとは対照的に、フォアマンは完全にヒール役。ドコモポイント
本来、1974年の9月に行われるはずだったこの試合は、フォアマンが試合の5日前にまぶたを負傷したことにより6週間の延期。
やむを得ない延期ではあったのだが、世論は徹底的にフォアマンをバッシング。どんっ(衝撃)
風貌に似合わず繊細な神経の持ち主であるフォアマンはややノイローゼに陥り、結局、怪我の治癒や練習が不十分のままリングに上がることとなってしまった。ふらふら
対するアリは大一番を控える選手とは思えないほどのリラックスぶり。るんるん
第三国のザイール(コンゴ)で行われる試合にも関わらず観客のほとんどはアリの支持者で、会場は「アリ ボンバイエ」の大合唱。
アリのモチベーションは否が応でも高まった。グッド(上向き矢印)

かくしてゴングが鳴ったわけだが、フォアマンは早く試合を終わらせて会場をとっとと離れたいという気持ちがありあり。
極端に前がかりになり、ひたすら力任せに強打を振り回す。パンチ
1回が終わった時点で既に肩で息をしていた。あせあせ(飛び散る汗)
攻められているようには見えるものの、軽やかなステップを披露するアリには余裕が感じられる。いい気分(温泉)
猛り狂ったフォアマンのスタミナが後半まで持たないことを十分に察知していたアリは、相手にだけスタミナを使わせて自分のスタミナを温存する戦法に出る。
俗に言うロープ・ア・ドープ戦法なのだが、これがすっかり有効にハマった。
ロープが極端に緩く設定されていたため、アリがロープにもたれると上体はすっかり後ろに反り返り、フォアマンのパンチは顔面に届かずに空振りだらけ。
ボディへのパンチもロープに吸収されるような状態で、フォアマンはスタミナを浪費するばかり。
そして運命の8回。
失速したフォアマンを余力十分のアリが見事仕留めて王座奪還となった。位置情報

キンシャサの奇跡とは言われるが、試合はアリにとっては奇跡というほどの苦戦ではなく、快勝と言ってもいい内容だと思う。
有言実行を改めて証明して見せたアリは、この後、真のヒーローへの階段を登ることとなる。右斜め上
そして、ボクシングがテレビによって莫大なマネーを生むビジネスになることも、アリによって証明されたのである。ふくろ
posted by ティト at 18:21| 岩手 ☔| Comment(12) | TrackBack(0) | 名勝負 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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