2007年01月12日

ジェフ・フェネク

ジェフ・フェネク(豪)
IBF世界バンタム級、WBC世界J・フェザー級、WBC世界フェザー級チャンピオン
ニックネーム:豪の突貫ファイター
生年月日:1964.5.28
戦績:40勝17KO4敗1分1無判定試合


強烈な突進力と猛烈な連打で大いにファンを熱狂させたオーストラリア随一の人気王者だ。ひらめき
アマチュア時代からブルファイターぶりで有名だったフェネクは、ロサンゼルス五輪出場後にすぐにプロデビュー。
ボクシングスタイルがプロ向きとの評価は伊達ではなく、短期間にバッタバッタと対戦相手を倒しまくり、早々と世界ランクを獲得。
そして、何とプロデビューからわずか半年後の1985年、IBF世界バンタム級王者新垣諭へ挑戦のチャンスを得る。
日本で唯一のIBF王者新垣を全く問題にせず、9回TKOの圧勝。
7戦全勝全KOのスピード出世での戴冠となった。グッド(上向き矢印)
根っからのファイターであるフェネクは、王者になっても立て続けに試合を行い、2度の判定はあったものの、圧倒的な強さで7連勝。
3度の防衛に成功する。
初防衛戦で新垣を4回TKOの返り討ち、ノンタイトル戦では畑中清詞や辰吉丈一郎と名勝負を繰り広げることになるダニエル・サラゴサに10回判定勝ちした試合が光る。
当初から複数階級制覇に意欲的だったフェネクは、1987年にバンタム級王座を返上してJ・フェザー級へ転向。
トミー・ミラーとのテスト・マッチを12回判定勝利で制したわずか1ヵ月後の1987年5月、2階級制覇を狙ってWBC世界J・フェザー級王者サーマート・パヤカルンと対戦。
ムエタイで名を馳せたハンサム・ボーイのサーマートは、タイでは超のつく人気王者。
タイで行われたこの試合はフェネクにとっては完全アウェーなのだが、強心臓のフェネクにはそんなことは全く関係なし。ダッシュ(走り出すさま)
びっしり埋まった敵意むき出しのタイのファンの目の前でフェネクは圧倒的なパフォーマンスを見せ付ける。
フェネクの暴風雨のようなラッシュが炸裂し、地元の英雄サーマートは失神状態で4回KOに沈んだ。
J・フェザー級王座は、初防衛戦で後に辰吉丈一郎に王座を明け渡すことになるグレグ・リチャードソンを5回TKO、2度目の防衛戦でかつての名王者カルロス・サラテに4回負傷判定ながら明白な勝利で立て続けに防衛に成功。
そして半年も保持せずに王座を返上し、足早にフェザー級へ転向する。
1戦テスト・マッチを挟んだ後、1989年にWBC世界フェザー級王座決定戦のリングに上がるチャンスを得たフェネクは、ビクトル・カジェハスを見事10回TKOに屠って無敗のまま3階級制覇達成。
しかも若干24歳での3階級制覇だから恐れ入る。
ますます勢いに乗るフェネクは、とんとん拍子に3度の防衛を果たしてまたもタイトルを返上。
当然のように4階級制覇を照準にとらえる。
今まで同様、1戦テスト・マッチを挟んだ後、1991年に史上最年少の4階級制覇へのチャレンジ試合が決定。
相手は“ガーナの野生児”WBC世界J・ライト級王者アズマー・ネルソン。
名王者ネルソンが相手ながらフェネクには気後れは全くなく、ネルソンをロープに釘付けにしてひたすらラッシュ。パンチ
ネルソンも激しく応戦して見応えのある打撃戦となったが、終盤はフェネクのパワーでネルソンはタジタジとなり、ダウン寸前。
何とかネルソンも持ちこたえて、試合は白熱したまま試合終了のゴングが鳴った。
管理人もこの試合は生中継で見ていたが、フェネクの優勢は動かしがたいように思えた。
しかし、判定は管理人もびっくりのドロー。たらーっ(汗)
絶好の4階級制覇のチャンスを逸したフェネクのショックは思いのほか大きく、入れ込みすぎた1992年のネルソンの再戦では8回TKOの惨敗で無敗記録もストップ。
坂道を転げ落ちるかのように1993年の次戦では伏兵カルビン・グローブにまさかの7回KO負けで世界戦線から大きく後退。
ブランクを作りながらも、旺盛な闘志で戦い続け、4階級制覇に執念を燃やすフェネクは、1996年にIBFライト級王者フィリップ・ホリデーへの挑戦のチャンスを掴む。
ラストチャンスを自覚して必死にトレーニングに励んだフェネクだが、往年の爆発的なパワーは取り戻せず、2回TKOの玉砕で悲願達成はならず。
そのまま引退と相成った。

エネルギッシュでエキサイティングなボクシングを展開したフェネクには、オーストラリアのみならず日本にも多くの熱狂的なファンがいるようだ。
ちなみに管理人もその一人である。わーい(嬉しい顔)
いかにも負けん気が強そうな表情で、打って打って打ちまくるフェネクのボクシングスタイルは痛快この上ない。るんるん
まさにファンに愛された名王者だろう。
バンタム級からフェザー級にかけて、歴代最強論争には必ずフェネクの名前が登場する。
全盛時の溢れんばかりのパワーは本当に魅力的だ。右斜め上
現在は、第2のフェネクを作るべく、母国オーストラリアでトレーナーとして奮闘。ぴかぴか(新しい)
既に素晴らしい選手を何人も育て上げている。手(チョキ)
今後のフェネクの活躍にも注目だ。
posted by ティト at 00:01| 岩手 ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | 外国人ボクサー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
フェネックて強かったんですね〜自分は、フェネックと言ったら「熱いトレーナー」という印象が強かったです(^^;
Posted by よう at 2007年01月12日 09:23
オーストラリアのロベルト・デュランですか。両者共、突然変異っぽいし、テクニックが隠れてしまうほど野生味があるし。
Posted by まさきち at 2007年01月12日 13:29
こんにちは、ようさん。
フェネクはトレーナーとしての評価も高いですよね。
最近のオーストラリアのボクシング人気向上はフェネクの活躍が大きいと思います。

こんにちは、まさきちさん。
テクニックを叩き潰す圧倒的なパワーは見ていて痛快そのものでした。
Posted by ティト at 2007年01月14日 17:42
前へ前へという感じで、まるで北島監督時代の明治大学のラグビーを地で行くボクサーだった。ただし、前へ突進し過ぎるあまりバッティングやショルダータックルも多かったな。ビクトル・カジェハスやタイロン・ダウンズなどは、むしろ頭突きやタックルのダメージがきつくてダウンしたんじゃないか(笑)
Posted by 川尻浩作 at 2008年05月11日 06:29
フェネック(44歳)が、アズマー・ネルソン(49歳)と、6月24日にメルボルンで戦うことになっていたが、どうなったでしょうか???
Posted by 川尻浩作 at 2008年06月26日 02:38
ジョニーファメション氏と同様フランス人の父親を持つhalf選手であり混血選手らしい身体能力の高さをみせてくれた豪州の名選手だった。広背筋が大きくなるに従い階級を上げていったという点で原田政彦さんに重なる。
Posted by 銃刀法違反,公務執行妨害歴あり at 2015年11月15日 20:04
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