2006年12月06日

トーマス・ハーンズ

トーマス・ハーンズ(米)
WBA世界ウエルター級、WBC世界J・ミドル級、WBC世界ミドル級、WBO世界S・ミドル級、WBC世界L・ヘビー級チャンピオン、WBA世界L・ヘビー級チャンピオン
ニックネーム:ヒットマン
生年月日:1958.10.18
戦績:61勝48KO5敗1分


怪物と呼ばれた選手は数多くおれど、トーマス“ヒットマン”ハーンズほど怪物の称号が相応しいボクサーはいないだろう。ドコモポイント
身長188cm、リーチ2m。
まず体格が反則だ(笑)。
ヘビー級並みのフレームを持った選手がウエルター級で戦うのだから相手にとっては脅威だろう。あせあせ(飛び散る汗)
風貌も怪物的。
漫画「はじめの一歩」に登場する間柴をイメージしてもらえばいいだろう。
ターミネーターの骨格のような痩身にギョロッと見開いた血走った目。
向き合っただけで震え上がりそう。がく〜(落胆した顔)
そして何より、その風貌通りの圧倒的な強さに多くのファンは熱狂するとともに恐怖さえ覚えるのである。
レナード、ハグラー、デュランといったライバル達としのぎを削りながら、驚異の5階級制覇を達成。位置情報
黄金の80年代の主役の一人として大いにボクシング界を盛り上げた功労者でもある。

プロデビュー前のハーンズは、有名なアマチュアボクサーではあったものの、非力でやせっぽちなアウトボクサーの域を出なかった。
プロの世界王者を夢見ていたハーンズは、プロへ転向するにあたってこのままではいけないと一念発起。
徹底的なウエイトトレーニングで肉体改造に取り組んだ。手(グー)
その結果、無駄な贅肉の一切ない、かつてないほど完璧なウエルター級が誕生。手(チョキ)
完璧な肉体を持つハーンズを名ボクサーに鍛え上げたのが、後に名トレーナーと呼ばれるエマヌエル・スチュワード。
デトロイトのクロンク・ジムにおいてハーンズとスチュワードの二人三脚は始まった。右斜め上
スチュワードは、デトロイトのスーパースターであるジョー・ルイスやシュガー・レイロビンソンのボクシングスタイル、いわゆるデトロイトスタイルをより進化させた形でハーンズに叩き込んだ。
左手をダラリと下げた状態から鞭のようにしなる左ジャブ(フリッカー・ジャブ)と打ち下ろしの右ストレート(チョッピング・ライト)という必殺のパターンを構築。
特にハーンズの代名詞ともなるフリッカー・ジャブは、射程距離、スピード、威力の全てにおいて惚れ惚れするような素晴らしさ。ぴかぴか(新しい)
管理人はハーンズ以上のジャブを放つ選手をいまだかつて見たことがない。exclamation×2
さらに、圧倒的な攻撃力に加えてフットワーク、ボディワークも軽快そのもの。
懐の深さを生かしたディフェンス技術にも優れ、一見弱点のないパーフェクトボクサーとしてハーンズはのし上がっていくこととなる。
「デトロイト・モーターシティ・コブラ」のニックネームで売り出したハーンズは、1977年のプロデビュー後はKOの山を築きながら連戦連勝。
1979年には、“浪速のロッキー”赤井英和を打ち砕いたブルース・カリー、デビュー3戦目の世界最速奪取記録を持つセンサック・ムアンスリンといった日本でも著名な選手を全く問題にせずに打ち倒し、1980年にはアンヘル・エスパダ、エディ・ガソといった元王者を完膚なきまでに叩きのめして世界への挑戦権を獲得。
同年8月、満を持して世界タイトルに挑戦することになったが、相手はアゴ割りパンチで有名な破壊的強打者、WBA世界ウエルター級王者“ジョー・クラッシャー”ホセ・ピピノ・クエバス。
前評判の非常に高いハーンズが、18歳で世界を制したこともある早熟の天才強打者クエバスと激突するということで世界中が注目したが、試合はあっけないほどのハーンズの圧勝。パンチ
管理人もこの試合は見たが、クエバスが全く手も足も出ずわずか2回でKOされたことに驚くとともに、とんでもない怪物王者が誕生したとワクワクしたものだった。るんるん
圧倒的強さを誇るハーンズの評価は、ウエルター級歴代最強と称えられるほどうなぎのぼり。グッド(上向き矢印)
立て続けに3度王座を圧勝防衛したハーンズだったが、同世代、同階級には目の上のたんこぶがいた。
それがWBC世界ウエルター級王者シュガー・レイ・レナードである。
お互い自分の実力に絶対の自信を持つ者同士、1981年9月に統一戦は当然のことのように実現する。
戦前の予想は、ここまで全試合圧勝の怪物ハーンズが有利と言われていた。
注目のゴングが鳴ると、大方の予想通りハーンズのペースで試合が進んで行ったのだが、周知の通り終盤の大逆転でレナードの14回KO勝利。
パーフェクトだと思われていたハーンズには、アゴのモロさという唯一の弱点があったのだ。
プライドをズタズタにされたハーンズだったが、持ち前の負けん気でレナードとの再戦へ向けて走り始める。
レナードと同様、次々に世界タイトルをコレクションすることになるハーンズは、1982年にWBC世界J・ミドル級王者ウィルフレド・ベニテスに15回判定勝利でまず2階級制覇達成。
ロベルト・デュランを木っ端微塵の2回KOに屠るなど、とんとん拍子に3度防衛。
その勢いを駆って1985年にはJ・ミドル級王座を保持したまま統一世界ミドル級王者“マーベラス”マービン・ハグラーに挑戦する。
この試合は物凄かった。ひらめき
歴代最高クラスの攻撃力を持つ者同士の正面衝突に管理人も大興奮。犬
3回にものの見事に倒されたハーンズだったが、管理人の中ではハーンズの評価は全く下がらず。
勝ちっぷりも負けっぷりも素晴らしいハーンズを管理人は大好きだ。わーい(嬉しい顔)
敗北のショックをいつまでも引きずらないのもハーンズの長所で、その後もハーンズの快進撃は続く。
1986年にJ・ミドル級王座の4度目の防衛戦をこなした後、ノンタイトル戦を1戦挟み、1987年3月にはいきなりデニス・アンドリュースの持つWBC世界L・ヘビー級に挑戦。
そして見事10回TKO勝利を収めて3階級制覇達成。
アンドリュース戦から7ヵ月後、今度はファン・ドミンゴ・ロルダンとWBC世界ミドル級王座決定戦を行い、4回KOの圧勝で楽々と4階級制覇を達成。
体格に恵まれていたハーンズは、無差別級のごとく戦うことができるボクサーだった。on
ミドル級王座は初防衛戦で伏兵アイラン・バークレーに弱点の打たれもろさを突かれてまさかの3回TKO負けで失ったが、全くめげないハーンズは、1988年11月に今度は5階級制覇を狙って新設されたWBO世界S・ミドル級王座決定戦に臨む。
大記録を前に若干緊張したのか、格下のジェームス・キンチェン相手にややもたついたものの、文句のない12回判定勝利で驚異の5階級制覇達成となった。位置情報
レナードとハーンズがほぼ同時期に5階級制覇を成しとげたのはやはり運命だろうか。exclamation&question
まさに永遠のライバル関係だ。
多くの栄光を得たハーンズだったが、最終目標はやはりレナードへの雪辱。
初対戦から7年9ヵ月後の1989年6月、ついに両者のリマッチは実現する。
試合は、モチベーションで上回ったハーンズが、レナードから2度のダウンを奪うなど優勢裡に試合を終えて雪辱濃厚と思われたのだが、なんと判定はドロー。
試合後にハーンズは「俺が勝者だ」と叫んだものだ。ダッシュ(走り出すさま)
なにはともあれ、最大の目標を達成した(笑)ハーンズ。
普通の選手であれば達成感の後には多少なりともファイトへのモチベーションが衰えがちなのだろうが、それが全く感じられないのが彼の凄いところ。
1991年にはバージル・ヒルのWBA世界L・ヘビー級王座を攻略して再び世界の檜舞台に踊り出る。
1992年の初防衛戦ではレナードとともに雪辱の機会を狙っていたバークレーを指名。
今度はハーンズが勝つだろうという予想に反して、結果はバークレーの明白な判定勝ち。
曲者バークレーとは相性がよくなかったようだ。
年齢を重ねたハーンズだが、バークレー戦後もインターバルは空けながらもリングには上がり続ける。
そして、なんとまだ引退を発表していないのだ。あせあせ(飛び散る汗)
ちなみに今年の2月に試合を行い、10回TKO勝利を収めたとのこと。
もうすぐ50歳を迎えようかというヒットマンだが、ファイティング・スピリットはいまだ健在ということだろうね。ひらめき

思えばハーンズほどファンを楽しませた選手もいないであろう。
クエバスを倒した時の、怪物王者誕生の圧倒的なインパクト。
レナード、デュラン、ハグラーといったライバル達との激突。どんっ(衝撃)
勝っても負けても衝撃的な試合の数々はファンにとってはいつまでも忘れることができない。
ファンを楽しませることがプロ選手の本分であるならば、ハーンズはまさにプロ中のプロ。exclamation×2
そして、生ける伝説は、今もなお戦い続けているのである。ぴかぴか(新しい)
posted by ティト at 19:42| 岩手 ☀| Comment(5) | TrackBack(1) | 外国人ボクサー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ハーンズ、レナード戦やクエバス戦は見ました。
そしていろんな意味で衝撃でした!(笑)
Posted by マーチ at 2006年12月08日 23:24
ハーンズは見た目も試合ぶりも衝撃的ですもんね(笑)。
ハーンズほどエキサイティングな試合を見せてくれる選手もいないでしょうね。
Posted by ティト at 2006年12月10日 00:02
人間、自信を持つことがいかに大事か。クエバスがレフリーチェック時に自信満々でハーンズを睨みつけていれば、その後の歴史が変わっていたかも?!
Posted by まさきち at 2007年01月10日 15:18
クエバスもインパクト十分の怪物でしたが、やはりハーンズのインパクトは強烈過ぎました。
管理人だったらハーンズを睨みつけるなんてとてもできません(笑)。
Posted by ティト at 2007年01月10日 23:47
ハーンズの、ロベルト・デュラン戦での右ストレートは物凄い速さ&威力で、タフなデュランも悶絶していた。デュラン戦とハグラー戦の連打の速いこと速いこと!また、ジェームス・シュラー戦での倒した右ストレートは、早過ぎてインパクトの瞬間が見えなかった。スローモーションで見たら確かに当たっていた。ジェームス・シュラーはこの一戦の後、後遺症か?死去したそうだ?
Posted by 川尻浩作 at 2008年05月09日 01:42
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トーマス・ハーンズは本当に強かったのか?
Excerpt: http://sports11.2ch.net/test/read.cgi/boxing/1217904633/ 8 名前:名無しさん名無しさん@腹打て腹。[] 投稿日:2008/08/05(火..
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