WBC世界J・フェザー級、WBC世界フェザー級、WBA世界J・ライト級チャンピオン
ニックネーム:KOキング
生年月日:1956.10.26
戦績:43勝41KO3敗1分
プエルトリカンボクサーというと強打者揃いのイメージがあるが、その中でも破格の強打を誇ったKOパンチャーがウィルフレド・ゴメスだ。
ゴメスは1974年に行われたアマチュアの第1回世界選手権にて全試合KOの圧倒的な強さで金メダルを獲得。
同年に鳴り物入りでプロデビューしたものの、デビュー戦は入れ込みすぎてまさかの引き分け。
一部で期待外れとも言われたが、ゴメスはやはり只者ではなかった。
2戦目以降、強打者の本領をいかんなく発揮したゴメスは、立ちふさがる相手をバッタバッタと倒しまくり、連続KOの快進撃。
圧倒的な戦績を引っさげて1977年に地元での世界挑戦が実現。
タフネスが売り物のWBC世界J・フェザー級チャンピオン廉東均を12回KOに屠る見事な王座奪取劇。
この時点の戦績が20勝20KO1分け。
怪物王者の誕生にプエルトリコのファンは大いに盛り上がったが、ゴメスの凄さはまだまだそんなものではなかった。
防衛戦でも挑戦者を全く相手にせず怒涛の連続KO防衛。
2度目の防衛戦でKO仕掛け人ロイヤル小林を3回KO、6度目の防衛戦でバンタム級の怪物強打者カルロス・サラテの挑戦を5回KOでねじ伏せた試合が光る。
ロイヤル小林戦は日本のファンにも鮮烈な印象を与えたはず。
ゴメスのコンパクトな左フックが軽くヒットしたと思った瞬間、小林は崩れ落ち、立ち上がることができなかった。
何気なく出したと思えるようなパンチでさえも一打必倒の凄まじい切れ味を秘めるゴメスの恐るべき強打者ぶりに驚いたものだ。
アレクシス・アルゲリョ、エウセビオ・ペドロサ、そしてゴメスと超一流王者に長らく世界への道を阻まれていた小林は不運としか言いようがない。
かくして圧倒的に防衛を重ね、連続KO防衛記録も13度を数えたゴメスの次の照準はフェザー級制圧に向けられた。
そして1981年、J・フェザー級王座を保持しながらフェザー級王座への挑戦が実現する。
相手はWBC世界フェザー級王者サルバドール・サンチェス。
下馬評は1階級下の王者ゴメスがやや有利。
ゴメス自身も自信満々で望んだタイトルマッチだったが、結果は意外にも8回KOでサンチェスの完勝。
かつて自らがカルロス・サラテに見せつけたように、1階級のパワー差は思っていた以上に大きかったのだ。
挫折を味わったゴメスだが、気を取り直してJ・フェザー級王座をさらに防衛。
1982年までに17連続KO防衛というとてつもない記録を樹立して王座を返上。
再びフェザー級制覇へ向けて動き出したゴメスは、1984年、ファン・ラポルテを12回判定で下し、WBC世界フェザー級王座を奪取。
ついに念願の2階級制覇を達成した。
ちなみにこのラポルテ戦が初めての判定勝利というのだから恐れ入る。
フェザー級王座は初防衛戦でガーナの野生児アズマー・ネルソンに11回にものの見事に倒されて短命に終わったが、1985年には3階級制覇を狙ってWBA世界J・ライト級王者ロッキー・ロックリッジに挑戦。
そして15回判定勝利で見事トリプルクラウンを達成。
J・ライト級王座も初防衛戦でアルフレッド・ライネに9回TKO負けを喫して防衛することはできなかったのだが、“3階級制覇のKOキング”ウィルフレド・ゴメスの名は世界に轟いた。
力の衰えを悟ったゴメスは、その後、1988年に1試合を行っただけで潔く引退することになった。
ボクシング界の記録の中でも、このゴメスの17回連続KO防衛の記録は、破ることが極めて困難なものの一つと言われている。
記録は破られるためにあるとは言われるが、果たしてゴメスの記録を破ることができる王者は現れるのだろうか?
ゴメスの並外れた強打は今も多くのファンの語り草だ。
ウィルフレド・バスケス、フェリックス・トリニダード、ミゲール・コットらにとっても、母国の英雄ゴメスは少年時代のアイドルだったことだろう。



ゴメスはパワー型ながら、体の柔軟性も併せ持った総合力の高い選手でした。