2006年11月01日

アレクシス・アルゲリョ

アレクシス・アルゲリョ(ニカラグア)
WBA世界フェザー級、WBC世界J・ライト級、WBC世界ライト級チャンピオン
ニックネーム:ニカラグアの貴公子
生年月日:1952.4.19
戦績:83勝67KO7敗


ニカラグアという国は日本には元々あまりなじみのなかった国だと思う。
有名スポーツ選手の名前を聞くこともまずない。
そんなマイナーな(ニカラグアの皆さんごめんなさい)ニカラグアにおいて、突然変異のように超一流のスポーツヒーローが現れた。
それが「ニカラグアの貴公子」と称されたアレクシス・アルゲリョである。ぴかぴか(新しい)
アルゲリョは1968年に16歳でプロデビュー。
基本に忠実で綺麗なボクシングスタイルを身につけで徐々に実力を蓄えたアルゲリョは、若くして南米の実力者としての名声を得る。
世界初挑戦は1974年。
エルネスト・マルセルの持つWBC世界フェザー級王座に挑んだが、善戦の末に惜しくも15回判定負け。
しかしこれで世界への手応えを完全に掴んだアルゲリョは、同年、メキシコのKOキングWBA世界フェザー級王者ルーベン・オリバレスに挑戦。
バンタム級で一時代を築いた名王者オリバレスの意地の前に後手を踏む場面も多かったアルゲリョだったが、若さと体力にモノを言わせて終盤に反撃。
そして13回に会心の左フック、右アッパーが立て続けに炸裂。
見事なKO勝利で新旧交代となった。位置情報
王者となって自信を増したアルゲリョはその後目覚しい躍進を見せる。
ノンタイトル戦や防衛戦の内容は圧倒的。
1975年の3度目の防衛戦では“KO仕掛け人”ロイヤル小林と対戦し、強烈な左ボディを決めて5回KO勝利。
KO仕掛け人をして、「アルゲリョのパンチは氷の塊で殴られていると感じるほど強烈な威力だった」とあきれさせるほどの強打で日本のホープを一蹴。パンチ
ちなみに、管理人はロイヤル小林さんと以前お話させていただいたことがある(ちょっと自慢)。
フェザー級無敵のアルゲリョは、4度の防衛を果たした後に王座を返上し、複数階級制覇に目標を定める。
そして1978年にWBC世界J・ライト級王者アルフレッド・エスカレラを13回KOに下して2階級制覇達成。
J・ライト級王座は8度防衛して返上。
1981年にはジム・ワットの持つWBC世界ライト級王座に挑戦し、15回判定勝利で3階級制覇達成。
名選手としての世界的名声は確固たるものとなった。ひらめき
ライト級王座を短期間で4度防衛した後、あくなき挑戦を続けるアルゲリョは、1982年には4階級制覇を狙って無敗のWBA世界J・ウエルター級王者アーロン・プライアーに挑戦。
凄まじい激闘となったこの試合は、猛烈ファイタープライアーの八方破れの乱戦に巻き込まれた正統派ボクサーアルゲリョが14回KO負けに沈んだ。
雪辱に燃えるアルゲリョは、翌年に再びプライアーに挑戦。
第1戦と同じような内容で、10回KOにて再びプライアーの勝利。
刀折れ、矢も尽きたような表情のアルゲリョが印象的。
アルゲリョにとって組し易いと思われたWBC王者ブルース・カリーではなく、宿敵プライアーにこだわりすぎたために4階級制覇はならなかったとも言われたが、ファンはアルゲリョのチャレンジャースピリッツに賞賛を惜しまなかった。グッド(上向き矢印)
燃え尽きたアルゲリョは、プライアー戦後に2戦こなしただけで1986年に引退。
突如として1994年にカムバックしたものの、1995年にスコット・ウォーカーに10回判定負けでわずか2戦でカムバックロードは幕を閉じた。

アルゲリョは長身で手足が長く、小顔でハンサム。
強いだけではなく、まるでファッションモデルのようなかっこよさで、「ニカラグアの貴公子」のニックネームがマッチしている。るんるん
ちなみに多くのファンや専門家がフェザー級歴代最強にアルゲリョを推している。手(チョキ)
母国ニカラグアではまさに国民的なヒーローであり、確か何かの大臣に任命されていたはず。
頭脳も明晰で、確固たる政治的信条も持ついわゆる文武両道の好人物。ペン
政治的に混迷していた母国で政府軍の兵士に志願したこともあったとのこと。モータースポーツ
1994年に突然カムバックした理由の一つに母国のスポークスマン的な役割を果たしたいという思いもあったらしい。
強さとハートを兼ね備えたスポーツ選手の枠を超えるナイスガイである。
常に高い目標を追い求め続けた好漢アルゲリョには爽やかな笑顔がよく似合う。わーい(嬉しい顔)
posted by ティト at 14:35| 岩手 ☀| Comment(29) | TrackBack(1) | 外国人ボクサー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
管理人さんお久しぶりです!
o(^-^)o
ロイヤル小林戦の時の来日時にサンドバックをうつアルゲリョに関係者が驚愕した話は有名ですよね。4階級目にプライアーを選ぶ心意気は凄い!
Posted by マーチ at 2006年11月01日 19:39
こんばんわ、マーチさん。
アルゲリョは長身ながらアウトボクシングでかわすタイプではありませんでしたので、プライアーとは正面衝突になりました。
だからこそ敗れたとはいえ、ファンを熱狂させる素晴らしい試合になったのだと思います。
Posted by ティト at 2006年11月01日 23:55
ニカラグアの反政府軍は左派コントラですね。もう和解したけど、アルゲリョは反政府軍でしたっけ・・・?政府側だったかのような・・・この間首都マナグアの副市長に当選したけど直後に失踪、でも単にフラッとどこかいってただけと言うのがありましたね・・・最近は元気のようで何よりです。
Posted by b at 2006年11月02日 19:23
アルゲリョは僕の一番好きなボクサーです。一時期の僕のペンネームでした。ティトさんの記事を読んでて嬉しくなりました。プライヤーの狂った様(薬?)な猛攻に撃沈しリングに座りこみ目に涙を浮かべ首を横に振る姿を見た時、涙が出そうになりました。「殺されるかと思った」と潔く負けを認めて引退。ホントかっこよかったです。またレイ・マンシーニ戦でも父親に「あなたの息子を傷つけて御免なさい。でもこれが私の仕事ですから」と言ったとか。フェザー級時代の細身からのもの凄い強打!ロイヤル小林も相手が悪かったですね。昔のビデオ見たいな・・
Posted by カルバハル at 2006年11月02日 19:51
こんばんわ、bさん。
確かに反政府軍ではなく政府軍でしたね。
記載ミスですので修正いたしました。
アルゲリョは共産主義には批判的な思想の持ち主でしたね。
アルゲリョの現況については知りませんでした。
相変わらずアクティブに活躍しているようで嬉しいですね。

こんばんわ、カルバハルさん。
アルゲリョは強さだけではなく、その紳士的な振る舞いでも多くの人を惹きつけた好人物ですよね。
ボクシング界では珍しい人格者かも(笑)。
強敵を追い求めたリング生活も非常に華やかでした。
Posted by ティト at 2006年11月02日 20:10
初めまして。
 kigu2と申します。
 トラックバックさせて戴きました。
 
 ティトさんは岩手県人ですか。
 わたしもそうなんです。
 
アルゲリョとデュラン、どちらが好きかと問われたら、アルゲリョです。
 貴公子の風貌をもつ古武士という感じで、
無慈悲にうち倒した相手を、心配そうに気遣うところがかっこよかった(アルカラ戦)です。
Posted by kigu2 at 2006年11月02日 22:00
はじめまして、kigu2さん。
同じ岩手県人とは奇遇ですね。
岩手は首都圏とは違ってボクシング番組が他の番組に差し替えられることも多くてボクシングファンにとっては納得がいかないこともありますよね。
70年代から80年代はボクシング技術が格段に進歩した時代でもあり、優れた選手も数多く出現しました。
様々な国からスーパースターが次々に生まれるのがボクシングの魅力でもありますよね。

同郷のよしみということでこれからもよろしくお願いいたします。
Posted by ティト at 2006年11月02日 23:49
コントラについて書いた者ですが自分が勘違いしていました・・・。コントラは右派でサンディニスタが左派でした。アルゲリョは共産主義に批判的で政府側でしたね。政府側ではあったけどコントラ側かといったらよく覚えてませんが・・・。すみませんでした・・・。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%A9
Posted by b at 2006年11月08日 00:56
こんばんわ、bさん。
政治とスポーツは別とは言いますが、政治に翻弄されたスポーツ選手が数多くいるのも事実でしょう。
世界の全てのスポーツ選手が心置きなく競技を続けられる世の中になって欲しいものですね。
Posted by ティト at 2006年11月08日 21:14
不謹慎ながら忘れもしない1974年10月12日、私の祖父が他界しました。が、皆が通夜で慌ただしい中、少年時代の私はどうしても見たかったのです、WBA世界フェザー級タイトルマッチが!
Posted by まさきち at 2007年01月12日 01:50
こんにちは、まさきちさん。
1975年の10月12日のアルゲリョ−ロイヤル小林ですね。
管理人はロイヤル小林さんと少しだけお話をしたことがあります(自慢)。
Posted by ティト at 2007年01月14日 17:38
プライアーとの第一戦では、プライアーのセコンドが途中で「特別な飲み物」をプライアーに与えたそうですね。結構噂になっていることです。しかし、それにしても当時は試合後の検査はなかったのでしょうか?   
Posted by アーロン at 2007年04月26日 20:27
プライアーの薬物疑惑は有名ではありますが真相はどうなんでしょうね。
当時は試合後の薬物検査はおそらく行われていなかったでしょうね。
基準の厳しい他のアマチュア競技でさえ、ドーピング検査という言葉が出てきたのが80年代以降ですから。
Posted by ティト at 2007年04月26日 21:27
ティトさん、皆さん、とても懐かしく拝読さていただきました。有難うございます。当時学生の自分にとりハンサムで強くて紳士のアルゲリョは最高のアイドルでした。相手がプライヤーでなければ・・と思ったものです。ただ当時のWBC王者はカリーでなくソウルマンビーという選手ではなかったかと(記憶違いであればすみません)。それにしてもその後、政治家もやっていたとは凄い話です。現在はどうなされているのでしょう。
Posted by まさやん at 2007年06月10日 07:38
こんばんわ、まさやんさん。
アルゲリョの現況について管理人はわかりません。
ソウル・マンビーはライト級王者アルゲリョと同時期に君臨したJ・ウエルター級王者だったようです。
アルゲリョが初めてプライアーに挑んだ時のWBC王者はリロイ・ヘーリーで、2度目の時のWBC王者がブルース・カリーでした。
プライアーは元々はずば抜けて評価の高い王者というわけではありませんでしたが、アルゲリョを打ち破った試合で一気に名を上げましたね。
記録を優先するならば、4階級制覇への2度目のアタックはカリーに挑んだ方が組みし易いとは言われていました。
プライアーの強さを1度体感しながらも再度プライアー戦を熱望したアルゲリョの気の強さは日本人好みですよね。
Posted by ティト at 2007年06月11日 19:47
こんばんは、ティトさん。ありがとうございます。リロイ・ヘーリーという選手は知りませんでした。この選手やカリーに挑戦であれば4階級制覇実現だったでしょうけれど一流選手を倒してのアルゲリョですからね。後に記録優先のマッチメークで5階級を制した名選手もいましたが印象的にはマイナスでした。常に最強王者を選んでは倒しその姿勢を最後まで貫こうとしたアルゲリョは今後もファンの間で語り継がれる名選手でしょう。
Posted by まさやん at 2007年06月12日 00:30
アルゲリョはまさに記録よりも記憶に残る選手ですよね☆
って3階級制覇は立派な記録なわけですが(笑)。
強くてかっこいいニカラグアの貴公子でした。
Posted by ティト at 2007年06月12日 23:50
プライアー以前に、ドーピング等の疑惑があった選手はいるのでしょうか?また、プライアーの場合も、アルゲリョとのあの試合の時だけ、いつもより異様なぐらいに打たれ強かったように思いますが・・・。
Posted by アーロン at 2007年06月25日 23:32
こんばんわ、アーロンさん。
ドーピングという言葉が一般的になったのは80年代以降のアマチュアスポーツからですよね。
当時はドーピングというと主に筋肉増強剤のことを指していたように思います。
ボクサーのドーピング疑惑の場合は主にいわゆる麻薬の方ですね。
麻薬使用疑惑のあった選手は過去にいるのでしょうが、憶測で選手名を出すことは管理人の本意ではありません。
Posted by ティト at 2007年06月28日 01:55
アーロン・プライヤーこそ、真の野獣!矢吹丈とかハリマオとか、ボブ・サップとかマイク・タイソン、ジョン・ムガビ、リック・フレアー、古くはバティ・ロジャース等が野獣と言われたようだが、No.1はこのアーロン・プライヤーだろう。あの亀田昭雄戦での1Rにダウンを奪われた後の物凄い気迫+猛反撃と、アルゲリョ戦の魔の14Rの猛攻は忘れられない。彼こそ真の野獣、ビーストだった。パンチ力ではピピノ・クエバスか・・・。11回の防衛のうち、3人の顎を割っている〈ジョークラッシャー〉タイトルを失った後も、韓国の世界ランカーで当時東洋王者だった黄相手に、2−0の判定負けしたものの、黄の顎を割っている。クライド・グレイ戦やハロルド・ウェストン戦を見たことがあるが、物凄いパンチ力で、ウェストンの方はけっこう粘ったが、顔面崩壊して、やはり顎が砕けたらしい。 私が言いたいのは、何故この二人が、このサイトで取り上げられていないかと言うことである。張正九やイラリオ・サパタも個人的には欲しい!
Posted by 川尻浩作 at 2008年05月07日 00:12
速報!!北京オリンピックの開会式のニカラグア選手団の旗手は何とアレクシス・アルゲリョ!!さすがニカラグアの英雄!!
Posted by 川尻浩作 at 2008年08月08日 23:04
自分も見ました。リングの貴公子と紹介されていましたね。代表選手団の旗手を務めるとはやはり同国の英雄、感激しました。
Posted by まさやん at 2008年08月09日 21:08
やはりニカラグアでは飛び抜けた存在ではないでしょうか?!普通は、オリンピックの旗手は、現役か、過去に相当実績があった人が務める場合が多いと思いますが、その人達を差し置いて選ばれた訳ですから、やはりアルゲリョのニカラグアでの英雄度は物凄いのでしょうね。ニカラグアでもしオリンピックが開催されたら、文句なく最終聖火ランナーでしょうか?!
Posted by 川尻浩作 at 2008年08月10日 12:29
2008.9.15=3大世界戦の一つ、WBA世界ミニマム級タイトルマッチで、チャンピオンの新井田豊に挑戦する同級1位のローマン・ゴンザレス〔20戦20勝(18KO)ニカラグア出身〕を直接指導し、後見人になっているのが、ニカラグアの大英雄アレクシス・アルゲリョ。現在、ニカラグアの首都マナグア市の市長選に立候補中だとか?!もしかしたら、9.15=3大世界戦に来日するかも…。今回のゴンザレスは、アルゲリョ同様左アッパー、左ボディが得意な右構えのボクサーファイターみたいなので、新井田はかつてアルゲリョを盛んにフットワークを使い、出入りの激しいボクシングで大苦戦させたオリバレスやプライヤーのように盛んにフットワークを使い掻き回したいところ。まともに打ち合っては、タイトルはゴンザレスの下に移動することになるだろう!
Posted by 川尻浩作 at 2008年09月01日 00:14
ニカラグアの怪物王者誕生!9月15日にパシフィコ横浜で行われた3大世界タイトルマッチで、「ニカラグアのリカルド・ロペスの再来」と言われるローマン・ゴンザレスが、王者新井田豊からWBA世界ミニマム級王者を奪取した。試合は序盤からゴンザレスの強打&プレッシャーに新井田の後退が目立った。それでも、1・2Rはよく渡り合っていた新井田だが、3Rにボディ、顔面に強打(特に左)をもらう場面が目立つ。すると4R、あっという間に新井田の右目が塞がり、おびただしい鼻血もあり、ドクターストップによるゴンザレスのTKO勝ちとなった。
それにしてもローマン・ゴンザレス強いね!リカルド・ロペスの再来?スピード・テクニックはややロペス(大橋秀行に挑戦した時と比較して)だけれどもパンチやプレッシャーの強さはゴンザレスが上ですね。あれはミニマム級のパンチではない!ライト級の世界ランカー並位あるかも!?新井田の負けは仕方がない。パンチ力の面で割が合わなかった。新井田は檻の中で野獣と戦わされたような展開だったね。しかも頭脳も優れた“野獣”だった。あれは新井田が衰えたとか戦法ミスしたとかいうレベルじゃないですよ。ローマン・ゴンザレスが強すぎた。彼とは新井田はもうやらない方がいいだろうね。
Posted by 川尻浩作 at 2008年09月15日 22:59
こんばんわ、川尻浩作さん。
オリンピックでアルゲリョが旗手を務めていたシーンは見逃してしまいました。
ゴンザレスは強かったみたいですね。
実は先日のタイトルマッチは録画したまままだ見ていません・・・。
時間を見つけて早めに見なければ。

こんばんわ、まさやんさん。
アルゲリョが紹介されるとわかっていれば開会式を絶対に見ていたのですが(笑)。
相変わらず若々しいんでしょうね♪
Posted by ティト at 2008年09月26日 01:32
堂々たる勇姿でした。ニカラグアで開催されたら
確かに最終聖火ランナーでしょうが同国の政情からして今世紀中に実現するかどうか・・・。ゴンザレスはすごい選手です。新井田選手も攻守バランスのとれた素晴らしい王者でしたが1Rを観た時点で厳しいかと感じました。名王者となる予感がします。川尻さんによればアルゲリョが指導者で後見人との事で北京から横ぶり来日?も期待したのですが。
Posted by まさやん at 2008年09月28日 12:48
私もアルゲリョの大ファンです。私はアルゲリョの
凄さは、その意思の強さ、気の強さにあると思います。プライヤー相手でもラウンド中に逃げることは絶対ありませんでした。
それから多くの方が見誤っていると思うのが
プライヤー第2戦です。
10回で試合が終わっているので、第1戦目より
もプライヤーが優勢だったように思われている
のかも知れません。
でも、私が見たところ、プライヤーを精神的に追い詰めているのは第2戦の方です。間違いありま
せん。
プライヤーの飛び込んでの右ストレートや右フックに、ダックからの右アッパーを合わせ、プライヤーに躊躇させています。
プライヤーもだんだん打つ手がなくなってきて
精神的に追い込まれています。
あのプライヤーの目に怯え、恐怖感が出てきて
います。
アルゲリョも第1戦よりも、パンチを強く、切って出しています。本当に惜しかった。もう一歩の
ところだったのですが、その時にいいのを貰って
しまった。
あの試合が第1戦目だったら、プライヤーの心は
くじけていたと確信しています。

プライヤーの第2戦目のあとのインタビューで
「もう引退しようかな」と言っていたのは、
精神的にかなり追い込まれていた裏返しです。
Posted by マンV at 2009年06月04日 05:53
こんばんわ、まさやんさん。
アルゲリョ、マヨルガ、そしてゴンザレスと、ニカラグアには破格の強打者が生まれますよね。

こんばんわ、マンVさん。
強打のプライアーに真っ向勝負で挑んだのですから、アルゲリョの気の強さは筋金入りでしょうね。
アルゲリョとプライアーの激突は、まさに意地と意地のぶつかり合いでした。
Posted by ティト at 2009年06月28日 02:00
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【三冠王】アレクシス・アルゲリョ【貴公子】
Excerpt: http://sports11.2ch.net/test/read.cgi/boxing/1168169066/ 1 名前:名無しさん名無しさん@腹打て腹。[] 投稿日:2007/01/07(日..
Weblog: アントニオ丸刈りBLOG
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