2006年09月21日

ホセ・ナポレス

ホセ・ナポレス(キューバ)
世界ウエルター級チャンピオン
ニックネーム:モンテキーヤ
生年月日:1940.4.13
戦績:76勝54KO8敗


ナポレスの愛称のモンテキーヤとはバターを意味するらしい。
理に適ったスムーズなフォーム、攻防一体のテクニック、まるでバターのように滑らかなナポレスのファイトスタイルを賞賛したものである。ひらめき
ナポレスは苦労人だ。
デビュー間もなく母国キューバに社会主義革命が起こり、ナポレスはボクシングを取るか母国を取るかの選択を迫られた。
そしてボクシングを続ける道を選択したナポレスは、妻や肉親を母国に残していかなければならなかった。もうやだ〜(悲しい顔)
実生活で不運に見舞われたナポレスだが、ボクシングでも長らく不遇だった。
強すぎたがゆえになかなかビッグチャンスが巡ってこなかったのだ。
デビュー11年目の1969年、ようやく世界挑戦が実現。
そして王者カーチス・コークスを13回KOに下し、世界ウエルター級王座を獲得。
ナポレスは「ボクシングを捨てなくてよかった。」と何度も繰り返した。ぴかぴか(新しい)
王座獲得後のナポレスの活躍は目覚しいものだった。
ビリー・バッカスにまぶたの古傷を狙われて1度は王座を失ったものの、すぐに奪還。
強豪揃いのウエルター級において防衛回数は通産13度。
ナポレスの完成度の高いボクシングを崩せる選手はおらず、ウエルター級では無敵状態。グッド(上向き矢印)
1974年に2階級制覇を狙ってカルロス・モンソンの持つ世界ミドル級王座に挑戦したが、年齢による衰えが見られるナポレスに歴代でも屈指の名王者モンソンの牙城はさすがに崩せず、7回KOに退いた。
1975年にジョン・ストレーシーに惨敗を喫してウエルター級タイトルを失い、そのまま引退となった。

写真で見るナポレスは、苦労が刻み込まれたような渋い顔つき。
いぶし銀のボクシングスタイルにマッチする風貌かも。
ナポレスの完成度の高いボクシングスタイルは多くのボクサーの手本になり、日本の大場政夫も心酔していたそうだ。右斜め上
posted by ティト at 09:57| 岩手 ☀| Comment(18) | TrackBack(0) | 外国人ボクサー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ナポレスはパンチ力も凄いけど、完成度の高いスタイルなんですね!
Posted by マーチ at 2006年09月21日 22:42
こんばんわ、マーチさん。
ナポレスの攻防一体のスタイルは今のボクサーにも大いに参考になると思います。
Posted by ティト at 2006年09月22日 00:32
まさにウェルター級の名王者ですね!
Posted by マーチ at 2006年09月22日 23:08
ウエルター級は名王者揃いのまさに人材の宝庫ですよね。
Posted by ティト at 2006年09月23日 01:21
すべてのパンチがカウンター!しかしナポレスが和歌山でエキジビションのために来日するとは!
Posted by まさきち at 2007年01月12日 00:25
ナポレスや同郷のシュガー・ラモスは、世界挑戦に長い間恵まれなかったようなのですが、原因はなんなのでしょうか?
Posted by ラモス at 2007年03月17日 16:43
日本でも同様ですが、輸入ボクサーがチャンスを掴むことは容易ではなかったんでしょうね。
Posted by ティト at 2007年03月18日 10:24
輸入ボクサーがチャンスに恵まれない原因とは・・・?
Posted by ウルティミノ at 2007年03月18日 11:17
プロボクシングは興行で成り立つものですから、相手の人気や実力を考え、リスクが少なくて多くの報酬を見込める試合が好んで組まれがちです。
人気先行、実力先行と言いますが、無冠時代のナポレスは明らかに後者だったわけです。
輸入ボクサーが一般的な知名度を得るには時間がかかり、ビッグマッチまでたどり着くのは容易ではないのでしょう。
日本でも実力十分の輸入ボクサーがなかなかチャンスを掴めない例が多いですよね。
Posted by ティト at 2007年03月18日 12:15
これは噂なのですが、ナポレスは実は、本人が語っている年齢より十歳も歳が上なのだそうです!
Posted by ウルティミノ at 2007年03月22日 16:57
そう言われてみるとナポレスの外見は老けて見えましたよね(笑)。
Posted by ティト at 2007年03月23日 00:15
ボクシングって、シューズを履くのと履かないのでは、パンチが全然違うのでしょうか?
Posted by マンテカス at 2007年04月14日 14:10
シューズに関しては人それぞれでしょうね。
管理人はシューズを履いた方が思い切ってパンチを打てると思いますが。
管理人の場合は素足だと動いているうちに絶対に足をひねりそうです(笑)。
Posted by ティト at 2007年04月14日 15:08
パンチを紙一重でかわし、すかさずパンチを打つ姿は、まさしく実際にいたホセ・メンドーサそのもの!全てのパンチがカウンターという点ではサルバドール・サンチェスと対等!モンソン戦でも2Rまでは優勢だったがね…。カーチス・コークス戦では、177cmの長身のテクニシャンの相手に対して、逆にレッスンを施すかのような試合。コークスの左ジャブを紙一重でかわし、すかさずの左ジャブ・左フックでなぶり殺しの展開でした。
Posted by 川尻浩作 at 2008年05月09日 02:43
アーニーロペス第二戦で7Rにフィニッシュした、右アッパーは切れ味、タイミング抜群でしたね。来日して吉本武輝選手との試合を1Rでおわらしたナポレス。吉本選手のセコンドについていたエディタウンゼント氏が「第1ラウンドが始まったのでリング降りて、振り返って見ると吉本は倒れていた」とのこと。ナポレスは年齢関係なく強かったようです。ちなみにアルマンドムニスとの初戦で両眼上を激しくカットしたナポレスはポイントを吐き出し窮地に追い込まれましたがメキシコのオフィシャルはムニスを12R反則にしてナポレスを救ったらしいです。しかし再戦ではダウンを奪って快勝し見事に汚名を返上して見せました。やはりナポレスは強かった。
Posted by マリスン at 2009年09月24日 16:57
ちなみにリカルドロペスはナポレスことをヒーロー、アイドル視していたそうです。
Posted by マリスン at 2009年09月24日 17:07
こんばんわ、川尻浩作さん。
ナポレス選手は、現在のファンが抱いているであろう中南米の柔らかいボクシングにマッチする名選手ですよね。

こんばんわ、マリスンさん。
ナポレス選手をアイドルとし、スタイルを模倣する後の名選手はかなり多かったように思います。
そういった意味では、シュガー・レイ・ロビンソン、シュガー・レイ・レナードと並び、現代ボクシングの祖と言っても過言ではないのかなあと個人的には思っています。
Posted by ティト at 2009年10月05日 01:40
彼が最初からMexicoに生まれていればfeather級からwelter級迄5階級制覇していただろうと未だに思っています。高橋美徳さんがエディパーキンス選手に挑戦した試合のunder cardでナポレス氏は吉本武輝選手と対峙しますが電光石火の早業で吉本選手を倒し上には上がいることを実感させられました。
Posted by 銃刀法違反,公務執行妨害歴あり at 2015年11月15日 19:01
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