沖縄県中城村出身
WBC世界J・ウエルター級チャンピオン
ニックネーム:昭和最後のストイック・ボクサー
生年月日:昭和35.11.29
戦績:21勝19KO2敗1無効試合
多種多彩な趣味趣向が満ち溢れる現代社会において、長期間一つのことに打ち込んでいる若者はほとんどいないであろう。
そんな時代の中で、青少年時代をひたすらボクシングに専心し続け、自らの夢を自らの拳で掴み取ったのが浜田剛士である。
野性的な風貌と相まって、その出で立ちはさしずめラスト・サムライという表現がピッタリ。
日本ボクシング界の歴史の中でも一際異彩を放つストイック・ボクサーだ。
浜田は、兄の雄二さんの影響で幼少の頃からボクシングに興味を持ち、夢はもちろん世界王者。
ボクシング設備の充実する高校でボクシングに打ち込むため、実家からバスで2時間以上もかかる沖縄水産に進学する。
青春の全てをボクシングに捧げる覚悟で練習に打ち込む浜田は、メキメキと頭角を現し、3年時にはインターハイのフェザー級王者に輝くなど、破壊的な左強打者として名を知られる存在となる。
プロ志向が非常に強かった浜田は、アマチュアからの誘いには耳を傾けず、名門帝拳ジムからプロの世界王者を目指すことを決意。
昭和54年5月に早々とデビューすると、期待通りの2連続KO勝利。
プロ3戦目で不運な4回判定負けを喫するも、寮では大場政夫が使っていた部屋を与えられるなど、ジム側の期待はすこぶる高いものであった。
4戦目からは再びKO街道を驀進。
浜田の豪打に対抗できる相手はおらず、世界への道も早々に見えてくる圧倒的な勢い。
しかし、昭和56年7月、デオ・ラバゴ(比)を9回TKOに下して8連続KOを決めた試合で、浜田は不運にも主武器の左拳を骨折。
勤勉な浜田は、練習をしっかり休むことができず、完治しないうちに4度も骨折を繰り返し、絶頂期に2年間のブランクを作ってしまう。
長期ブランクによるモチベーションの低下も心配されたが、浜田のボクシングへの情熱は一向に衰えず。
昭和58年8月にカムバックすると、以前と全く変わらない豪打でバッタバッタと相手をなぎ倒していく。
それまでの記録だったムサシ中野の12連続KOをあっさりと抜き去ると、昭和59年12月には、友成光に7回KO勝利で日本ライト級王座を獲得。
昭和60年4月にはダウトーン・チュワタナ(タイ)を2回KOで下し、連続KO記録は15まで伸びる。
手のつけられない強さを見せつける浜田であったが、オーバートレーニングがたたってまたも故障が発生。
今度は右ひざの半月板を損傷。
浜田の生命線である踏み込みが効かなくなり、昭和60年7月のジョンジョン・パクイン(比)戦では12回判定勝利。
東洋太平洋ライト級王座を奪ったものの、ベストとは程遠い内容であった。
右ひざの故障は完治することはなく、手術する時間的余裕もないことから、以降だましだましコンディションを整えてリングに上がることとなる。
一刻も早い世界挑戦を狙う浜田陣営は、ファイトマネー等で交渉が困難になるライト級を回避し、S・ライト級での世界奪取に標的を変更する。
待望の世界挑戦は昭和61年7月に実現。
相手はWBC世界J・ウエルター級王者レネ・アルレドンド(メキシコ)。
若くて長身の天才型パンチャー、アルレドンドは、東洋無敵の浜田をもってしても掛け値なしの強敵。
ひざに不安のある浜田は、ラウンドが長引けば長引くほど不利であることを自覚し、初回から総力をあげて打って出る決意を固める。
果たして試合開始のゴングが鳴ると、浜田は猛り狂ったように突進し、凄まじい連打でアルレドンドをロープに釘付けにする。
強気なアルレドンドも応戦したものの、浜田の鬼気迫る勢いに押されてパンチをよけそこない、まともに左右連打を喰らって失神状態でダウン。
そのまま初回3分9秒にてKOとなり、浜田の賭けはものの見事に成功。
夢である世界王座を射止めた浜田の表情は放心状態。
持てる力を全て出し尽くした男の生き様がそこには凝縮されていた。
同年12月には、ロニー・シールズ(米)を12回判定に下して初防衛に成功。
華々しいKO劇となった王座奪取戦とは対照的に、ひざの痛みと戦いながら、苦闘の末に何とか2−1の判定をモノにした試合だった。
昭和62年7月、1年ぶりの再戦となったレネ・アルレドンドとの2度目の防衛戦で、激しい打撃戦を演じたものの、今度は6回TKOで敗れて王座陥落。
右ひざが万全であれば絶対に打ち負けない自信のあった浜田は、故障を完治させてからアルレドンドとの3度目の対決に臨みたい気持ちが強く、再起に向けてトレーニングを開始。
しかし、長年のオーバートレーニングの影響で、結局故障は回復しないまま。
ベストコンディションでリングに上がれそうにないことを悟った浜田は、昭和63年に引退を表明することとなった。
オーバートレーニングで選手寿命を縮めてしまった感のある浜田ではあるが、修行僧のようにボクシングだけに打ち込む姿には鬼気迫るものがあったらしい。
例えば、視力維持のためにボクシング以外のテレビ番組なども一切見ない徹底ぶりで、便利さや効率を求める現代社会の常識から考えれば異質な存在であった。
おそらく江戸時代にタイムスリップしても生き抜いていけるであろう(笑)。
現在は、日本テレビやWOWOWのボクシング解説者として活躍中。
豪快なイメージのある浜田だが、テレビでの解説は非常に理論的で、ボクシングを知り尽くしている感じ。
一般視聴者の評判もすこぶる高いとのこと。
ボクシングの隆盛に一役買っている功労者だろう。
今後の活躍にも大いに期待したい。
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今では浜田さんは解説者や帝拳代表のイメージが強いですが、現役時代は本当に強かったんですね。怪我がなければどんな凄い選手になっていたか…
でも浜田さんが世界を奪取した感動と衝撃はいつまでも色褪せることはないでしょう。
浜田さんてノンタイトル放送されるくらい人気あったんですね〜
怪我するまで練習してしまうのが浜田さんらしさなんですよね・・・。
アルレドンドを倒した直後の放心状態の仁王立ちに管理人も身震いしたものです。
こんばんわ、川尻浩作さん。
現役時代の浜田さんは、実はインタビューの受け答えがユーモア十分で、風貌に似合わない面白いボクサーだなあと管理人は思っていましたよ(笑)。
スゴく高度なコメントにあふれてますね
レネVS浜田については
アルゲリョVS小林をダブらせた人も多かったのでは
総合的にはレネが上回ってるかも知れませんが
極論すれば
日本人の長所
メキシコ人の短所
が、モロに出たような気がしました