2009年10月13日

10月10日 ダブル世界タイトルマッチ

所用で留守にしていたため、だいぶタイミング遅れのビデオ観戦となりました。あせあせ(飛び散る汗)


10月10日

WBC世界S・フェザー級タイトルマッチ
ファン・カルロス・サルガド(メキシコ) 1回TKO ホルヘ・リナレス

リナレス選手、まさかの陥落です。
初回73秒で沈むとは・・・。
試合開始早々、フットワークがちょっと重いかなあと思っていたところ、サルガド選手の左フックがまともにテンプルに入ってダウン。
それほど強烈な1発だとは思わなかったので、足を使ってこの回を凌げば大丈夫だと思いましたが、完全に効いていたようで、棒立ちのままなすすべなく連打を追撃されて試合終了となりました。
うーむ、この試合はどう論評してよいのかわからない管理人です。


新王者のサルガド選手について、特長をつかむには至りませんでしたが、パンチにはしっかりウエートが乗っており、フォロースルーを効かせて打ち抜いてくる感じですね。
詰めも非常に鋭かったです。
次戦でじっくり観察してみたいと思います。



WBC世界S・バンタム級タイトルマッチ
西岡利晃 3回終了TKO イバン・エルナンデス(メキシコ)

西岡選手のどっしり落ち着いた試合運びが光りました。
距離感抜群でしたし、危な気はなかったと思います。
3回の左カウンターは、テレビからもバチーンという音が聞こえてくるほどの強烈な1発でしたが、アゴの骨が折れていたんですね。ふらふら
敵地で強豪ジョニー・ゴンザレスを倒した西岡選手の左には、絶対的な自信が漲っている感じです。グッド(上向き矢印)
国際的な評価もうなぎ上りでしょうし、今後のビッグマッチが期待されますね。るんるん

エルナンデス選手は、鋭く伸びる多彩な左を駆使して西岡選手に対抗。
ボディバランスが良く、さすが元王者と思わせるテクニックを見せました。
3回に西岡選手の左カウンターをもらった後、明らかに弱気に下がり始めたので効いているのだと思いましたが、アゴの激痛に耐えて戦っていたわけで、精神力でこの回を凌いだのでしょう。
怪我をしっかり治してからの再浮上も十分考えられる実力者だと感じました。

posted by ティト at 23:53| 岩手 晴れ| Comment(3) | TrackBack(0) | 観戦記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月06日

10月6日 WBA世界フライ級タイトルマッチ

10月6日

WBC世界フェザー級タイトルマッチ
デンカオセーン・カオウィチット(タイ) 12回判定(2−0) 亀田大毅


管理人の採点は、115−113で大毅選手の勝利。
先に手を出してガードの上からでも派手なパンチをまとめたデンカオセーン選手と、捨てパンチを打たずに確実にカウンターを当てた大毅選手。
毎ラウンド首をひねりながらポイントをつけなければならない拮抗した試合でしたが、オフィシャルの採点は僅差でデンカオセーン選手を支持。

大毅選手、本当に惜しかった。
試合を終え、よりダメージを負ってスタミナも切れていたのはデンカオセーン選手だったと思いますが、今までの試合で何度も言っているとおり、ボクシングはそれで勝敗の決まるスポーツではありません。
12ラウンドを終え、どんなに不格好であろうと1ポイントでも相手を上回っている者が勝者となるのがボクシング。
大毅選手にはそういう意識というか執念が欠けていましたね。
打ったらすぐにクリンチやホールドを繰り返すデンカオセーン選手の老獪なボクシングに対し、何もアクションを起こさない無為な時間を多く費やしてしまった感じです。
カウンター気味にクリーンヒットは当てていましたが、ポイントを明確に取るためにはあまりにも手数が少なすぎました。
世界王者になるための戦力を十分に持っていることは証明できたと思いますので、近いうちに3度目のチャンスは訪れることでしょう。

デンカオセーン選手は、崩れそうで崩れませんでしたね。
あまり器用な選手というイメージはなかったのですが、今日の試合運びは、WBC王者の内藤大助選手を連想させるような老獪さを見せました。
スタミナが切れた終盤は、先に手を出した後にクリンチやホールドで相手の手数を封じるいやらしいボクシングに徹していました。
王者となってボクシングの幅は広がっているようです。
強打で相手を追い詰めるスタイルだけではなく、内藤選手のように苦しい試合を凌ぐしたたかさが身についてきました。
今後も日本人選手の壁となって立ちふさがりそうですね。

posted by ティト at 23:15| 岩手 晴れ| Comment(4) | TrackBack(0) | 観戦記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月11日

高橋ナオト

高橋ナオト(アベジム)
ニックネーム:逆転の貴公子
東京都調布市出身
日本バンタム級、J・フェザー級チャンピオン
生年月日:昭和42.11.17
戦績:19勝14KO4敗


ボクサーは、世界チャンピオンにならなければスターにはなれないといわれる。
しかし、昭和末期から平成初期にかけ、世界王者でない1人のボクサーが、世界王者以上にファンを熱狂させていた。演劇
それが今回紹介する高橋ナオト。
スマートな風貌からは想像できない火の玉ファイトで伝説的な逆転劇を生み出し、「逆転の貴公子」と称された激闘王である。爆弾

高橋は、少年時代からボクシングに熱中し、昭和60年2月、府中農在学中に17歳でプロデビュー。
高校生ボクサーとして話題を集める。
反射神経が抜群に良く、負けん気も強かった高橋は、話題だけではなく実力も本物。
メキメキと頭角を現して連勝街道まっしぐらとなる。ダッシュ(走り出すさま)
昭和61年3月、片山清一を2回KOに下して全日本バンタム級新人王を獲得。
同年9月には、島袋忠司に8回判定勝利でA級トーナメント優勝と同MVPを獲得。
誰もが認めるホープとして、一気に脚光を浴びることとなる。
A級トーナメント制覇で日本ランク1位となった高橋は、昭和62年2月、指名挑戦者として、日本バンタム級王者の今里光男へ挑戦する。
実力者の今里を相手に苦戦も予想されたが、後楽園ホールは、試合前からニュースター誕生への期待が高まっていた。
ちなみに、若くて颯爽とした風貌の高橋にはマスコミの食いつきも良く、日本タイトルながら異例のテレビ生中継(管理人の地元岩手では放映なしでしたが・・・)と期待の高さを物語っていた。TV
ゴングが鳴ると、期待通りに高橋がシャープな動きを見せる。
ハイレベルなせめぎ合いの中、高橋のカウンターのタイミングが徐々に合い出し、5回に抜群の右カウンターがついにヒットで今里がダウン。
立ち上がった今里だが、鋭く詰めた高橋がそのままフィニッシュ。
あまりにも鮮やかな戴冠劇でデビュー以来の連勝は11に伸びる。
この試合は、この年の年間最高試合に選出された。
前途洋々の19歳の若者に、ファンは、当時低迷していたボクシング界の救世主としての役割を期待し、大きな夢を馳せたものだった。グッド(上向き矢印)
昭和62年6月、初防衛戦で前王者の今里を3回KOに下し、実力を再証明。
早期の世界戦を期待されたものの、2度目の防衛戦で思わぬつまづき。
昭和62年10月、有利の予想の中で小林智昭にまさかの10回判定負けで王座陥落。
再起を期し、昭和63年1月、かつてA級トーナメントで戦ったことのある島袋忠司と日本バンタム級王座決定戦を争うも、雪辱に燃える島袋の右ストレートが炸裂し、6回KO負け。
まだ体が成長途上で、減量に苦しんでいた高橋は、階級を上げて再出発することを決意。
減量苦が多少和らぎ、持ち味のシャープさを取り戻して進撃開始となる。
そして伝説として語り継がれるあの名勝負が生まれることとなるのである。ひらめき

平成元年1月、高橋は、ランキング1位の指名挑戦者として、日本J・フェザー級王者マーク・堀越に挑戦する。
WBA世界J・フェザー級6位のランクを持ち、世界挑戦目前と言われた強打者マークが予想ではやや有利と言われていたが、高橋も自信満々の面構えででリングへ上がる。
ゴングが鳴ると、マークが持ち前の強打をダイナミックに振り回して突進し、高橋も一歩も引かずカウンターで迎え撃つ展開。
3回にマークがラッシュを敢行すると高橋は失速。
このままマークのペースで進むかと思われたが、4回には高橋の渾身の右カウンターがまともにヒットし、マークがダウン。
さらにダウンを追加し、絶好のKOチャンスをつかんだものの、ここはマークが踏ん張ってこの回の終了ゴングが鳴る。
今度は高橋のペースになると誰もが思ったが、5回を持ちこたえられると、ダメージから回復したマークの逆襲が始まる。
パワーで打ち勝ち始めたマークに対し、高橋は徐々にスローダウン。
そして8回、堀越の丸太を振り回すような左フックがヒットし、高橋はダウン。
立ち上がったもののダメージはありありで、マークはここぞとばかりに詰めにかかる。
この回をゴングに救われた高橋だが、9回も容赦ないマークの攻勢にさらされ、もうストップかと思われた次の瞬間、高橋の起死回生の左フック、右ストレートが炸裂。
高橋の本能だけで出たようなパンチがまともに当たり、前がかりになっていたマークがストンとダウンする。
立ち上がって効いていないとファイティングポーズを取るマークだったが、これでふらふらだった高橋に力がみなぎった。右斜め上
強気に前に出てくるマークに対し、今度は完全に狙いすました必殺右カウンターが強烈にヒット。パンチ
もんどり打って倒れたマークは、それでも意地で立ち上がる。
必死にファイティングポーズを取るも、ふらつく足を確認したレフェリーはカウントアウト。
史上稀に見るシーソーゲームは、高橋に凱歌が上がった。
勝利を決めた直後、精も根も尽き果てたようにリングに倒れこんだ高橋の姿が印象的で、勝者、そして敗者をも称える後楽園ホールは興奮のるつぼと化していた。
この伝説的な試合を間近で見られたファンは、まさに伝説の生ける証人であろう。イベント
管理人も見たかった(笑)。
この試合は、世界戦を差し置き、文句なしの年間最高試合に選出される。手(チョキ)
高橋にとっては、初戴冠の今里戦以来2度目の年間最高試合となる。
世界戦以外で2度も年間最高試合の当事者となる選手は今後も出てこないだろう。

世紀の逆転劇で、「逆転の貴公子」の称号を得た人気者の高橋に、是非早期の世界戦をというファンの声はいやがおうにも高まる。るんるん
しかし、阿部会長は、こういう危ない橋を渡るような戦いを好まなかったようで、打たせずに打つボクシングを高橋に期待していたとのこと。
実力者相手に安定した勝利を得られるようになるまでは、容易に世界戦にゴーサインを出すつもりはなかったようだ。
平成元年5月、世界前哨戦とされたタイ王者のノリー・ジョッキージムとのノンタイトル戦は、マーク戦のように先にダウンを奪われた後の逆転の3回KO勝利。
マークとの激戦のダメージはやはり抜け切れていなかったのだろう。
ファンの人気はうなぎのぼりだったが、やはり阿部会長は世界戦へのゴーサインを出さず。
日本王座の防衛戦を1つクリアーした後、世界戦への最後のテストとして、会長はノリーとの再戦を高橋に課した。
平成3年2月11日、東京ドーム。
そう、あのタイソンVSダグラスの統一世界ヘビー級タイトルマッチの行われた日のセミファイナルで高橋の世界前哨戦は行われた。
5万5千人の観客が見守る中、高橋はノリーに6度のダウンを奪われ、10回大差判定の完敗。
数々の激闘は、高橋の肉体に想像以上の大きなダメージを蓄積させていた。
体調がすぐれないまま、再起を決意したものの、平成3年1月、朴鐘弼(韓)とのノンタイトル戦で9回KO負け。
試合後しばらくして、脳内出血が判明する。
本人はなおも現役に未練があったそうだが、稀代のカリスマボクサーは若くしてリングを去ることとなった。

世界王者でない日本人ボクサーで、高橋ナオトほど多くのボクシングファンに愛された者はなかなか見当たらないであろう。
“浪速のロッキー”赤井英和の人気も凄まじいものがあったが、どちらかというとアイドル系の人気者であった赤井に対し、高橋はコアなボクシングファンに熱狂的に支持された。音楽
引退後は、ボクシング漫画「はじめの一歩」の作者である森川ジョージ氏の協力を得て、JBスポーツクラブを設立。初代会長に就く。
森川氏は、「はじめの一歩」で高橋をモデルとするキャラクターを主人公のライバルとして登場させるほど、高橋のボクシングに心酔していたそうだ。
指導者としての高橋氏は、福島学を世界挑戦まで押し上げた実績が光る。
現在はフリーという話を聞いたが、是非今後もボクシング界のために尽力していただきたい人物である。ぴかぴか(新しい)

ちなみに、「はじめの一歩」に登場するキャラクターの中で、宮田一郎のモデルが高橋氏、鴨川源二会長のモデルが故阿部幸四郎会長とのこと。
「はじめの一歩」は、管理人も週間少年マガジンにて毎週愛読しています。わーい(嬉しい顔)

posted by ティト at 23:13| 岩手 晴れ| Comment(6) | TrackBack(0) | 日本人ボクサー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月14日

7月14日 トリプル世界タイトルマッチ

7月14日

WBC世界バンタム級タイトルマッチ
長谷川穂積 1回KO ネストール・ロチャ(米)


何も言うことはありません。
長谷川選手、とにかく強いです。パンチグッド(上向き矢印)
今回は、警戒して出てこない相手に対し、自ら仕掛けて倒したところに価値があります。
もはや粗を探すことすらできない王者ですね。グッド(上向き矢印)



WBC世界フェザー級タイトルマッチ
エリオ・ロハス(ドミニカ) 12回判定 粟生隆寛


管理人の採点では、116−111でロハス選手の勝利。
ロハス選手、攻防兼備の好選手ですね。
ディフェンスに軸足を置きながらも、攻撃する時の踏み込みは鋭く、パンチが伸びてきました。
粟生選手はとにかく手数が出ませんでしたね。
カウンターで1発強いパンチを当ててから畳み掛けるつもりだったようですが、ロハス選手のようにボディワークが機敏で勘の良い選手に対し、ワンパンチを起点に崩すことは困難でしょう。
ポイントで先行し、相手が焦ってラフになったところをしたたかに突いてほしいと思っていましたが、ロハス選手にそれをやられてしまいましたね。
両者の能力に有為な差は感じられず、戦い方次第で逆の結果も有り得ると思いました。
進化する天才、粟生選手の巻き返しを大いに期待しています。



WBA世界ミニマム級タイトルマッチ
ローマン・ゴンザレス(ニカラグア) 12回判定 高山勝成

ダイジェストでしか見られなかったので詳しい試合内容はわかりませんが、強打のゴンザレス選手と手数の高山選手の拮抗した試合展開だったようです。
高山選手は、パンチの効果であと一歩及ばなかったようですが、いつでも世界王者を狙える実力者ぶりを発揮してくれたように思います。
まだ若いですし、世界戦のチャンスは必ずまたやってくるでしょう。

posted by ティト at 22:46| 岩手 雨| Comment(6) | TrackBack(0) | 観戦記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月27日

5月26日 WBC世界フライ級タイトルマッチ

5月26日

WBC世界フライ級タイトルマッチ
内藤大助 12回判定(3−0) 熊朝忠(中国)


1日遅れの感想です。
管理人の採点は、113−112で内藤選手の勝利。
オフィシャルの採点よりは差が小さくなりました。
試合内容としては、内藤選手が「とにかく勝った」という一点のみに尽きるでしょう。
序盤は、内藤選手が精力的に自分から仕掛ける快調な滑り出しでしたが、4回終了の公開採点でリードを伝えられると、5回以降はバックステップを踏み続けて早くも逃げ切り体制のボクシングになってしまいました。
距離を取って油断したのか、6回には踏み込みの良い熊選手の右オーバーハンドを避け損なってダウン。
大ピンチに陥りましたが、足はしっかり動いていましたので、徹底的なバックステップとなりふり構わぬクリンチでどうにか凌ぎきりました。
必死に迫る熊選手と、ヒット&アウェイの内藤選手。
お互いスタミナを使い果たして試合終了ゴングが鳴りました。
より大きなダメージを与えたのは熊選手でしたが、ボクシングはダメージの寡多で勝敗が決まるスポーツではなく、老獪に戦った内藤選手が僅差で判定をモノにしました。
管理人は、いわゆるマラソンボクシングはあまり好きではありませんが、内藤選手のどんな形でも勝ちたいという執念にはいつもながら頭が下がります。
打たれながら前に出て、惜しくも善戦で終わってしまう日本人選手があまりにも多いので、内藤選手のような老獪な選手はむしろ新鮮に映りますね。
負けない王者として、このまま長期政権を築いてもらいたいところです。

熊選手は、体格には恵まれていませんが、踏み込みが良くてロングパンチに威力のある好ファイターですね。
防御勘も良いですし、打たれ強さも備えています。
課題としては、接近戦で意外と手が出ない感じでしたし、安易にクリンチを許してしまうところがありました。
ボディも少ないですね。
手数と上下の打ち分け、クリンチを振りほどいて打つ老獪さがあればさらに怖い選手になるでしょう。

posted by ティト at 23:17| 岩手 晴れ| Comment(2) | TrackBack(0) | 観戦記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

5月26日 WBC世界フライ級タイトルマッチ

5月26日

WBC世界フライ級タイトルマッチ
内藤大助 12回判定(3−0) 熊朝忠(中国)


1日遅れの感想です。
管理人の採点は、113−112で内藤選手の勝利。
オフィシャルの採点よりは差が小さくなりました。
試合内容としては、内藤選手が「とにかく勝った」という一点のみに尽きるでしょう。
序盤は、内藤選手が精力的に自分から仕掛ける快調な滑り出しでしたが、4回終了の公開採点でリードを伝えられると、5回以降はバックステップを踏み続けて早くも逃げ切り体制のボクシングになってしまいました。
距離を取って油断したのか、6回には踏み込みの良い熊選手の右オーバーハンドを避け損なってダウン。
大ピンチに陥りましたが、足はしっかり動いていましたので、徹底的なバックステップとなりふり構わぬクリンチでどうにか凌ぎきりました。
必死に迫る熊選手と、ヒット&アウェイの内藤選手。
お互いスタミナを使い果たして試合終了ゴングが鳴りました。
より大きなダメージを与えたのは熊選手でしたが、ボクシングはダメージの寡多で勝敗が決まるスポーツではなく、老獪に戦った内藤選手が僅差で判定をモノにしました。
管理人は、いわゆるマラソンボクシングはあまり好きではありませんが、内藤選手のどんな形でも勝ちたいという執念にはいつもながら頭が下がります。
打たれながら前に出て、惜しくも善戦で終わってしまう日本人選手があまりにも多いので、内藤選手のような老獪な選手はむしろ新鮮に映りますね。
負けない王者として、このまま長期政権を築いてもらいたいところです。

熊選手は、体格には恵まれていませんが、踏み込みが良くてロングパンチに威力のある好ファイターですね。
防御勘も良いですし、打たれ強さも備えています。
課題としては、接近戦で意外と手が出ない感じでしたし、安易にクリンチを許してしまうところがありました。
ボディも少ないですね。
手数と上下の打ち分け、クリンチを振りほどいて打つ老獪さがあればさらに怖い選手になるでしょう。
posted by ティト at 23:14| 岩手 晴れ| Comment(5) | TrackBack(0) | 観戦記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月16日

畑中清詞

畑中清詞(松田ジム)
ニックネーム:尾張のロッキー
愛知県西春日井郡西春町出身
生年月日:昭和42.3.7
戦績:22勝15KO2敗1分


日本では何事も東京中心とよく言われるが、ボクシングもご多分に漏れずで、名古屋ほどの大都市でも世界王者は長らく誕生せず。
名古屋から待ちに待った世界王者が誕生したのは、平成に入ってからのこと。
それが畑中清詞である。

畑中は、少年時代に空手の大会に優勝するなど、抜群の運動神経の持ち主だったとのこと。くつ
元々興味のあったボクシングは中学時代に始め、生来の格闘センスを発揮してメキメキと頭角を現す。
亨栄高時代に国体やインターハイに出場し、アマチュアとして名の知られる存在になるが、本人はプロ志向が非常に強く、なんと高校在学中の昭和59年11月に松田ジムからプロデビュー。
高校生ボクサーとして注目を集める。演劇
デビュー後5連続KOと小気味のいい攻撃ボクシングで人気も上々。
昭和61年3月には、達城広光に1回KO勝利で全日本J・バンタム級新人王を獲得。
バンタム級では、長らくライバル関係となる高橋ナオトが、畑中とともに18歳で新人王に輝いた。
高橋と出世競争をするかのごとく破竹の勢いで勝ち進む畑中は、昭和62年2月、早くも日本J・バンタム級王座に挑戦。
実力者の丸尾忠を3回KOに下し、10代の日本王者誕生となる。手(チョキ)
ほぼ同時期に日本王者に並び立った畑中と高橋は、驚異の10代と称され、常に比較されながら日本ボクシング界のスターダムを駆け上がっていく。
畑中は、日本王座を1度防衛後に返上。
世界挑戦のウエイティングサークルに入るが、チャンスは早々に訪れる。
昭和63年9月、WBC世界J・バンタム級王者ヒルベルト・ローマン(メキシコ)への挑戦が決定。
ローマンは、渡辺二郎から王座を奪った曲者王者であるものの、年齢的に下り坂と考えられていたため、勢いのある畑中の勝ち目も十分との前評判であった。
しかし、百戦錬磨のローマンはやはり容易な相手ではなかった。
入れ込むあまり前がかりになる畑中を余裕を持っていなし、細かいパンチをコツコツ当ててペースを握ると、クリンチや時にはローブローも交えながら畑中の攻撃を分断する老獪さを発揮。
一旦攻撃を寸断されるとリズムがまるで狂ってしまう欠点を露呈した畑中は、毎回のようにポイントを失い、屈辱を感じながら12ラウンド終了のゴングを聞く。
結果は大差判定でローマンの勝利。
大きな挫折を味わい、大いにへこんだ畑中だったが、生来の負けじ魂に火がつき、ほどなく階級を上げてのカムバックを決意。
天狗の鼻を折られたことを自覚し、自ら望んでハードなカムバック路線を歩むことになる。
平成元年1月には、カムバック初戦でいきなりアジア屈指の強豪である李東春(韓)と対戦。
苦しみながらも10回判定勝利で見事復帰戦を飾る。
ちなみに李は、のちにグレート金山のリングネームで日本王者として長らく君臨することになる名選手である。
同年9月には、これまた韓国の強豪、呉張均と対戦し、10回引き分け。
世界レベルの強豪との対戦で、畑中には着実に筋金が入っていく。
その後順調に勝ち進んだ畑中に、世界挑戦のチャンスが再び訪れる。
平成3年2月、WBC世界J・フェザー級王者ペドロ・デシマ(亜)への挑戦が決定。
ハードパンチが売り物の王者を相手に予想は不利とされたが、打ち合い望むところの畑中は気合十分でリングに上がる。ダッシュ(走り出すさま)
開始早々から真っ向勝負で挑んだ畑中だったが、初回に王者のワンツーをまともにヒットされてダウン。
王者の猛攻で大ピンチに陥ったものの、なんとか追撃をしのいだ畑中は、4回に反転攻勢に出る。
スタミナ切れで、やや動きが緩慢になった王者を左フック、右ストレートでダウン。
さらに立て続けに3度のダウンを追加すると、畑中は勝ったと思ったのか、リング上ででんぐり返し。射手座
しかしフリーノックダウン制のWBCなので、そこでは試合は終わらず。
一息ついてしまったが、試合の趨勢はもはや変わらなかった。
8回に通産6度目のダウンを奪うと、レフェリーはついに試合をストップ。
畑中は、世界の頂点を極めた喜びを全身で表したものだった。ぴかぴか(新しい)
イキの良い王者誕生に周囲の期待も大いに高まったが、初防衛戦で落とし穴が待っていた。
元王者ではあったが、年齢的に比較的イージーな挑戦者と思われたベテランのダニエル・サラゴサ(メキシコ)を相手に、一進一退の乱打戦を展開。
憎らしいほどクリンチワークが巧みで手数の多いサラゴサは、イージーな相手では決してなく、豊富なキャリアを持つ老獪な強敵だった。
選択試合ながら結果的に厳しいマッチメークとなってしまった。
それでも畑中は持ち味の積極性を発揮し、サラゴサをロープにつめてひたすら打ちまくる。
見応えのある打ち合いはKO決着には至らず、試合終了のゴングが鳴る。
管理人的に若干畑中優位の印象だったが、判定は2−1でサラゴサを支持。
陣営はこの判定結果に納得せず、WBCへ提訴。
サラゴサとの再戦を熱望していたが、畑中は先の激戦で眼疾を患ってしまったとのこと。
未練を残しながらも、カムバックすることなくやむなく引退することと相成った。

ストイックさが好感されるボクシング界において、畑中はあえて豪快で奔放なキャラクターを売り物にした。音楽
ライバルの高橋ナオトは、畑中とは逆にストイックさをファンに支持され、当時の人気面では畑中を上回っていたと思う。
遊び好きを広言し、オールドファンの反感を買うこともあった畑中だが、ボクシングに手抜きが一切なかったことは周囲の人間ならば誰でもわかっていたこと。
才能におごることなく、進化を続けて世界王者に登りつめた努力の人である。位置情報
現在は、畑中ジム会長にして中日本ボクシング協会会長。
将来を嘱望される指導者だ。
posted by ティト at 01:07| 岩手 晴れ| Comment(5) | TrackBack(0) | 日本人ボクサー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月19日

オルズベック・ナザロフ

オルズベック・ナザロフ(協栄ジム)
WBA世界ライト級チャンピオン
生年月日:昭和41.8.30
ニックネーム:グッシー
戦績:26勝19KO1敗


協栄ジムから勇利に続いて世界のベルトをつかんだ旧ソ連出身のボクサーで、日本ではガッツ石松以来2人目の世界ライト級王者である。手(チョキ)
勇利・アルバチャコフ、スラフ・ヤノフスキーらいわゆるペレストロイカ軍団と呼ばれた選手の中で、ナザロフの知名度はなぜか今ひとつの印象だったが、テクニカルなボクシングが身上の勇利とヤノフスキーに比べるとナザロフのファイトスタイルは非常に好戦的で、管理人の中では当時お気に入りの選手であった。

ナザロフは、欧州ライト級王者のアマチュア実績を引っさげて勇利らとともに平成元年に来日。
名門協栄ジムに入門する。くつ
協栄ジム出身で元世界J・フライ級王者の具志堅用高氏に風貌が似ていたことから、グッシー・ナザロフのリングネームで平成2年2月にプロデビュー。
アマチュア実績はダテではなく、日本レベルでは頭抜けた実力でKOの山を築く。パンチ
平成3年4月には、デビュー6戦目で日本ライト級王座へ挑戦。
八木賢治を4回KOに下して王座獲得。
早足でステップアップを目指すナザロフ陣営は、日本王座は2度防衛後に返上し、平成4年5月にOPBFライト級王座へ挑戦する。
タフな王者大友巌を相手にKOは逃したものの、文句なしの12回判定勝利で戴冠。
いつでも世界を狙える力はあったものの、世界ライト級王座挑戦のマッチメークは容易でないことから、OPBF王座の防衛を続けて世界ランクを押し上げつつ、じっくりチャンスをうかがうこととなる。
東洋レベルでも敵なしのナザロフは、問題なく防衛を重ね、世界上位ランカーとしての地位を着々と固めていく。右斜め上
OPBF王座は5度防衛後に返上。
待望の世界戦は平成5年10月に実現する。
相手はWBA世界ライト級王者ディンガン・トベラ(南アフリカ)。
敵地開催で「ソウェトの薔薇」と称される地元の英雄を相手に苦しい戦いが予想されたが、ナザロフは敵地でひるむようなタマではなく、ゴングが鳴ると勇敢に王者を追い回し、応戦するトベラと激しい打撃戦に突入する。ダッシュ(走り出すさま)
4回にトベラの右カウンターでダウンを喫したナザロフだが、徹底的なボディ攻撃に活路を見出し、徐々に王者のスピードとスタミナを奪っていく。
終盤は一方的なナザロフペースで、10回には左ボディでダウンを取り返す。
KOが期待されたが、経験豊富なトベラはなんとか試合終の了ゴングまで逃げ切り、勝負は判定へ。
ナザロフ優位の試合も、敵地判定への一抹の不安がよぎったが、結果は3−0でナザロフを支持。ニューヒーロー誕生となった。ぴかぴか(新しい)
翌年3月のトベラとの敵地再戦も12回判定で制したナザロフは、王座獲得がフロックではないことを証明。
平成6年12月には、またも敵地で人気者のジョーイ・ガマチェ(米国)に2回KO勝利で2度目の防衛成功。
玄人筋に高い評価を得るナザロフだったが、派手なパフォーマンスを好まない実直な性格が興行面ではマイナスで、実力に比してなかなか人気が伴わず。
試合枯れ傾向が顕著となり、平成8年4月にアドリアヌス・タロケ(インドネシア)に4回TKO勝利で5度目の防衛に成功すると、ビッグマッチを求めるナザロフの希望をかなえる形で協栄ジムからフランスのアカリエス・プロモーションへと移籍となる。
平成9年5月、移籍後の初戦となる6度目の防衛戦で指名挑戦者リーバンダー・ジョンソン(米国)と対戦したナザロフは、強敵を相手に7回TKO勝利。
改めて実力者ぶりを証明する。
さらなる長期政権が期待されたが、実はトベラとの第2戦が原因で網膜はく離を患い、だましだましの防衛戦が続いていたとのこと。
平成10年5月、7度目の防衛戦に臨んだナザロフは、長身のジャン・バプティスト・メンディ(仏)の長いリーチに距離感が合わず。
最終回にKOチャンスを掴んだものの、時間が足りず試合終了のゴングが鳴り、判定は3−0でメンディの勝利。
再起を模索したナザロフだったが、目の状態は想像以上に悪く、眼疾の悪化を理由に引退することとなった。

現在の日本で、ナザロフの名を知らないファンは結構多いらしい。
現役時代の知名度も今ひとつの印象で、実力者ながら待遇は不遇だった。
協栄ジム在籍時代は、同階級のジムメイトだったミゲル・アンヘル・ゴンザレス(東京三太)の評価が高く、ナザロフは2番手のレッテルを貼られた。
WBC世界ライト級王者となったゴンザレスとWBA王者ナザロフは、同時期に世界王者に君臨していたこともあって統一戦が期待されたが、結局夢のカードのまま実現せず。
世界的な知名度はゴンザレスが上だったように思うが、統一戦が実現していれば管理人はナザロフが有利だろうと当時思っていた。
文句なしに日本が世界に誇る一流王者である。演劇
ちなみに、具志堅用高氏を連想させる「グッシー」の愛称は、ナザロフ自身はお気に召さなかったとのこと(笑)。
しかしながら、具志堅氏のようなエキサイティングな名選手であることに間違いはないであろう。グッド(上向き矢印)
posted by ティト at 22:45| 岩手 雨| Comment(4) | TrackBack(0) | 日本人ボクサー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月13日

3月12日 WBC世界バンタム級、フェザー級ダブルタイトルマッチ

3月12日

WBC世界バンタム級タイトルマッチ
長谷川穂積 1回TKO ブシ・マリンガ(南アフリカ)

電光石火の長谷川だ雷exclamation×2 磐石の3連続KO防衛パンチ

初回に3度のダウンを奪ってのTKO。
見事なまでに文句なし。演劇
管理人が感想を述べるまでもないでしょう。
具志堅用高さんの最多防衛記録を塗り替えるのはこの男になりそうです。グッド(上向き矢印)


WBC世界フェザー級タイトルマッチ
粟生隆寛 12回判定(3−0) オスカー・ラリオス(メキシコ)

日本人キラーを退治ダッシュ(走り出すさま) 大器がついに世界の頂点へ位置情報

前回の対戦で、ダウンを奪いながら僅差の判定で涙を呑んだ粟生選手が、宿敵ラリオスを序盤から圧倒。
大差の判定勝利で念願の世界タイトルを手に入れました。手(チョキ)
しかし粟生選手の学習能力の高さには目を見張りますね。ひらめき
最近の粟生選手の試合を見ると、一歩一歩強くなるというよりは、1段飛ばし2段飛ばしで強くなっている印象です。飛行機
スポンジが水を吸収するかのごとく進化を続けていますね。
前回の世界初挑戦では、ダウンを奪った後にKOを狙うあまり上体だけが前に突っ込んで手が出ない状態になってしまいましたが、その反省点を今回はクリアしてみせました。ペン
プレッシャーをかけながらも重心は常にニュートラルで、バランスを崩さずに間断なく手数を出すことができたようです。手(グー)
引かば押せ、押さば引けの鉄則を忠実に遂行していた感じです。
カウンターを合わせる勘は元々ずば抜けたものがありましたが、それに加え、パンチ力自体が大きく増していますね。パンチ
体つきもだいぶビルドアップされているようです。
粟生選手のパンチがクリーンヒットする度にラリオス選手は体勢を崩す感じでしたし、パワーでも名王者ラリオス選手を凌駕していたと思います。
下から突き上げるような鋭いジャブで何度もラリオス選手の顔を跳ね上げていたのが印象的でした。
ちなみに、管理人の採点は119−108で粟生選手の勝利。
10回終了間際に1発だけまともにカウンターをもらってぐらつき、ヒヤッとしましたが、その他はピンチらしいピンチもありませんでしたね。
最終回にはダウンを奪ってKO勝利の期待が高まりましたが、スタミナ切れで追撃ならず。
まあ試合終了でスタミナをちょうど使い切ったわけですから、素晴らしい試合運びだったということでしょう。
この選手はまだまだ強くなりますね。右斜め上

今まで日本人選手をことごとく撃退してきたラリオス選手ですが、今回はさすがに脱帽でしょう。
日本のファンにとっては憎っくき選手ながら、新王者粟生選手の勝利を称える紳士的な姿には清々しさを感じました。ぴかぴか(新しい)
心身ともに一流の選手ですね。
posted by ティト at 23:50| 岩手 曇り| Comment(3) | TrackBack(0) | 観戦記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月04日

亀田興毅 世界前哨戦

3月4日

フライ級ノンタイトル10回戦
亀田興毅 2回TKO ドローレス・ビダル(メキシコ)


久々に民放テレビ番組で見ることのできた試合がこの試合です。
それがノンタイトル戦なのですから、亀田選手は地方在住の管理人にとって本当に貴重な選手です(笑)。

試合内容ですが、文句のつけどころはないでしょう。
相手との実力差は明らかにありましたが、それを割り引いても素晴らしいパフォーマンスを見せてくれました。音楽
試合枯れを心配していましたが、確実に進化していますね。グッド(上向き矢印)
以前のように猪突猛進スタイルではなく、プレッシャーをかけながらも距離をしっかりキープできていました。
フットワークを重点的に磨いてきたようですね。くつ
今日は、引かば押せ、押さば引けという基本に忠実なボクシングでした。
細かい連打でダメを押す詰めの鋭さも見事でしたし、勝負どころを見逃さないしたたかさを十分に見せてくれました。
WBA王者デンカオセーン選手への挑戦話がこじれる中で、なんとなく今日の試合からは、迎え撃つボクシングが持ち味のWBC王者内藤選手との対戦をイメージしているのかなあと感じました。
とにもかくにも次は世界戦とのこと。
準備は万端に整ったと管理人は思った次第です。


セミファイナルでは、亀田3兄弟の次男、亀田大毅選手が登場。
久々に大毅選手を見ましたが、この選手も大きく進化しています。右斜め上
興毅選手同様、フットワークに磨きをかけてきたようですし、ボディワークやフェイントなど、試合の組み立てを考えながら戦っている意図が見えました。
ポイントも取れていたようですし、かつての八方破れのブルファイタースタイルからは脱却していますね。
曲者の元世界王者ワンディ・シンワンチャー選手(タイ)を6回KOで仕留めたのは見事。パンチ
世界を狙える逸材であることは間違いないでしょう。exclamation×2
posted by ティト at 22:20| 岩手 曇り| Comment(8) | TrackBack(0) | 観戦記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする